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労働新聞 2019年6月25日号

介護職場泣き笑い記(1)
政府が「報告書」拒否しても

  わが家の経済は崖っぷち

大阪府・乾 怜子

 私は今年「古希」…古代稀(まれ)なり、と大切にされるどころか、団塊世代の石(ごく)つぶし、のごとくの扱いで、まったく余裕のない厳しい現実を突きつけられている。
 六十五歳まで小さな会社で会社員として四十年以上働き、子ども二人を育て、孫は五人。田舎から出てきた二人が七人の命をつないだことになる。まあまあの社会貢献ではなかろうか。せめて退職後はのんびり人生を楽しみたいと思っていたが、そうはいかなかった。
 政府が受け取りを拒否した「年金だけでは老後の生活に二千万円不足する」という金融庁の報告書はある意味正しく、わが家も例外ではない。民間の小さな会社の退職金は微々たるもの。現役時代は次々とやってくるおカネの入り用でとても貯蓄などできる余裕はなかった。つまり「死ぬまで働かくしかない!」ということで、七十歳の今、ホームヘルパー(介護)として週三日働いて何とか八万円の収入を得ている。年齢での雇止めがないヘルパー職は高齢者の仕事としてある意味助かっているが、私自身も介護を受ける年齢条件はクリアしている老老介護である。
 一日中自転車やバイクで市内の家々を訪問して家事や身体介護をする仕事はしんどいだけでなく、交通事故や利用者とのトラブル、腰痛、ストレスとなかなか厳しい。しかも、三十分、一時間と短時間の労働切り売り状態で、時間給は千二百円〜千五百円程度。移動時間の分はほとんど支給されない。大変なブラックな職場で、常に人手不足。介護保険制度の現場は利用者側も働く側も、制度矛盾の狭間で日々泣き笑いの連続である。
 さて、泣き笑いのお話はまたの機会に委ねるとして、家計の話を。わが家の年金は七十歳と六十四歳の二人で計で十七万円。ロストジェネレーション世代の娘家族の支援もしなければならない私たち夫婦を取り巻く一カ月の生活費は最低でも三十三万円は必要となっている。つまり十七万円そこそこの年金では完全に破綻している。貯蓄も投資も縁がない私たちは、不足分の十六万円は働いて補填するしかない。今は二人ともなんとか働いて収入を得ているが、この状況は崖っぷちであることに変わりはない。何とも不安な老後の生活。
 今日も自転車で利用者を訪ね回り、人生の先輩たちのお話に付き合いながら掃除や食事や排せつ、入浴の介助をする。そう遠くないであろう自らの介護生活を心配しながら…。(つづく)


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