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労働新聞 2017年11月15日号 投稿・通信

覚悟を決めて親会社に直談判 
現場の崩壊見過ごせぬ
 
 誇りある下請け労働者として

零細運送企業経営・高橋 良之

 最近、私の職場で大きな問題が起こりました。大まかに言えば、親会社の下請け労働者に対する不当な扱いを、私が営業所長と直談判して撤回させた、という内容です。
 なお、最初にお断わりしますが、こういう報告をこの「労働新聞」に投稿することにはいささか躊躇(ちゅうちょ)しました。現場で起こった問題は基本的に現場で解決するのが筋というものです。現場で何もせずいたずらに外に暴露するようなことは、おそらく問題の解決には逆行します。しかし、この件はすでに一応の解決はされていることと、そしてかなり普遍的な問題を含んでいると思われるので、問題提起させていただこうと考えた次第です。
 また、この事案の現場を特定することはさほど難しくないと思いますが、私はこの当該会社、営業所、管理職をどうこうしようというつもりはありません。こういうシステム、考え方を遡上にあげたいのです。

親会社との力関係は…
 冒頭の書き出しから見るとなんだか労働組合の争議のようですが、実は全然違います。私は運送業に携わる零細下請け企業の経営者です。そしてこの件の相手は従業員数万人の大企業の管理職です。
 以前は、親会社の管理職の方針に対して下請けが異論を述べるなど考えられないことでした。かつて私がまだ駆け出しの頃、あまり勝手も分からずに係長とタメ口で話しているのを横で聞いていた先輩が、「Tさん、係長とよく平気で話できるね」といったことがありました。契約で仕事をもらっている立場ですから、普通は平身低頭なのです。まして親会社の方針に反対するなどということは許されるはずもなく、「辞めてもらっていいよ。代わりはいるから」という言葉をいろいろな場面で数回聞いた記憶があります。
 ただ、こういう雰囲気も過去の話になってきています。最近では、すっかり常識になった運送業界の深刻な人手不足と、同じく社会問題になった劣悪な労働環境という背景があるので、以前とは職場の雰囲気も力関係も変わりました。二十年くらい前の状態を知っている私たちからすれば、「居心地」が格段に良くなったのです。今しか知らない人は「ひどい職場だ」と感じると思いますが。
 「下請けの代わりなどいくらでもいる」から「下請けに辞められたら補充できない」への変化は大変大きく、私たちの要望を受け入れてもらえる環境は以前と比べればずっと大きくなっていました。
 それでも、今回の件に関しては、私の要望が受け入れられない可能性の方が大きいのではないかと私は感じていました。つまり、ある覚悟が必要だったということです。「それでは他の仕事を探してみます。お世話になりました」という言葉を懐に抱いて話し合いに臨みました。
 かつて有志の連名で下請け単価の引き上げ要望をしたことがありました。その時は却下されるのは分かっていましたが、単価引き上げという私たちの生命線の要望でさえ、三行半は出さなかったのです。しかし今回は訳が違いました。私も引き下がるつもりはなかったのです。

「時間指定完全履行」
 宅配便にはご承知のように時間指定があります。最近は客の要望も理不尽なほど強まり、親会社の管理も強まっています。朝昼晩のアバウト指定から、三時間枠、二時間枠と時間指定は進化してきました。今ではジャストタイム便やら、当日配送など、とんでもないモノまで出現しています。三時間枠から二時間枠に変わった時の私たちのストレスの増加は「やってもらわないと分からない」としか言いようがありません。
 時間帯指定の増加と指定枠のタイト化は終了時間の遅延になります。つまり下請けは、労働時間の増加を選ぶか、あるいは扱い個数を減らすことによる収入減を選ぶか、という選択を迫られたのです。
 こういう試練をくぐり抜けてやっと二時間枠で身体がなれてきたところへ、時間帯指定履行率の向上のために全社的管理強化が押し付けられてきました。会社側の言い分としては「時間指定完全履行」を営業トークとして使いたいわけですね。そしてそのために徹底的に締め付けを強化します。すべての不履行案件について、誰の責任かを洗い出し、つるし上げのような責任追及が行われています。社員さんの間で行われていることについては、私はどうこう言う立場ではありませんが、合理的なやり方でないとは思います。
 さて、ここからが本題です。時間指定履行率九九%以上がわが職場の目標になっています。これは、慣れてくれば特別のことをしなくても九八%くらいはクリアするものなので、あと少しなのですが、この「あと少し」というのがなかなか難しいのです。
 そこで、「特に不履行の多い業者には指定荷物を持たせず、社員に行かせろ」という指示を担当課長が現場の主任たちに下しました。これは絶対命令です。指示通りにしないと、すさまじい罵声を浴びせられ、吊し上げられます。


誇り奪う指示に怒り
 この指示が現場に来るとどうなるか、想像が付くと思います。私の所にも該当者が二人、中堅のAさんと新人のB君。朝の積み込み作業中に若い社員がA、Bのところに来て「時間指定全部出して」と言います。彼らよりうんと若い社員がうっとおしそうに言うわけです。なぜかというと、彼らも余裕がない所へ他人の時間指定まで持つわけで、回りきれなくてパンク状態になるわけですから。
 こういうやり方をしていると聞いた時「現場が崩壊するのは時間の問題だ」と思いました。社員のイライラは当然爆発寸前ですが、それよりも、そんな雰囲気で荷物を取っていかれる下請け業者は「お前は要らん」と言われていると感じることになるでしょう。
 Aさんが私のところに来て、「もう嫌になった。おれ辞めるわ」と言いました。温厚で真面目な人で、ケンカなどしない人です。
 実はその前に、私は担当係長に「A、Bを辞めさせよ、ということですか」と抗議の電話を入れていました。「いや、全然そんなことは考えていない」「でも、こんなことをすれば誰でも嫌になることは分かるでしょう」「それは、そうだろう」「じゃあ、辞めろと言ってるのと同じじゃないですか」というやりとりがありました。そして「明日所長に直接この件で要望したい」という約束をしていました。
 そこにAさんの「辞める」発言です。予想通りですが、慌てました。「ちょっとだけ待て。明日所長に直接話をするから、結論はその後にしてくれ」「分かりました」となりました。
 翌日、私が所長に要望したのは、「今のような下請け労働者に対する対応をとにかく止めて欲しい。こんなことを続けると辞める人間が続出することになりますよ」という一点だけです。時間指定をどうするかなどということは、私の方からはいっさい言いませんでした。所長が「時間指定履行率の向上のためにどうすればいいと思うか」と尋ねたので、「締め付けなければ自然に良くなりますよ、時間をかけたらどうですか」と答えましたが、これは彼らが今求めているものとはおそらく合わないのでしょう。
 しかし、現在の処置については「決して辞めさせようなどとは思っていません。無理がかかっている人を助けたいと思ってやっているので…」とのご意向でした。ただ「このまま行けば本当に辞めると思います」「私も、別の道を考えざるを得ないかも知れません」と本音で迫った結果、今の処置は撤回することを約束してもらえました。
 翌日、担当課長に「今日から元の状態に戻します」と電話したら、「うかがっています。よろしくお願いします。」とのこと。現場主任は「よくあの課長に了解してもらえましたね」と、とても驚いていました。「おかげで助かりました」とも。


今回は解決したが…
 下請け業者への理不尽な扱いについて、社長が身体を張った、そして一応の解決を見た、という報告です。こういう問題は全国で日常的に起こっていることでしょう。そして、今回のように解決できるケースは少ないかもしれません。それでも、闘わなければそのまま何人かが辞めるのを見送るしかなかったところです。身体を張って良かった、というのが一つの結論ですね。
 しかし本当に闘うべきだったのは、数字のためには人間のプライドなど考慮しないという方針そのものなのです。私たち以上に、社員も管理職も会社の上層からガンガンやられまくっています。彼らはそれを耐えることによる見返りもありますが、私たちには何もないという違いがあるので、対応は違ってきます。いずれにしても、どう考えても品質向上に資するとは思えないやり方を多くの日本の大企業が採用しています。一時的に数字が上がったり、売り上げが伸びたりしても、悲惨な結末になる大企業が後を絶たない。
 そして、下請け企業ではとうていこんなものと闘えない。これは労働組合と、労働者を組織する政党の仕事です。ここがほとんど機能しないほど弱体化しているので「働き方改革」の議論が現場の実態とかけ離れたデタラメなモノになってしまうのでしょう。
 社長が闘うなどというのは異例、邪道だと思いました。普通ならこうならずに職場崩壊か、自尊心を踏みにじる管理体制を皆に受け入れさせるか、どちらかしかないのでしょう。たまたま若干の好条件の下で、私の周辺だけ多少の居心地の良さを確保することができたとして、そんなことに社会的意味があるとは思えない、というのが現在の率直な心境です。


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