労働新聞 2004年6月5日号 通信・投稿

普天間包囲行動に参加して
「同級生が強姦された」

反基地の熱い思いを知る

稲村 宏美

 真夏のような太陽が降り注ぐ5月16日の午後、普天間基地沿いのバス道路を、どこで基地包囲の輪に加われば良いか迷いながら歩く。今回は仕事で2日前に那覇に来ており、この普天間基地包囲行動を知った。仕事も終わったのでぜひ参加しようと、この日一人で、那覇からバスで宜野湾市役所を目指してやって来た。
 市役所の建物には普天間基地返還要求の大きな垂れ幕が下がり、この日の包囲行動の拠点となっていた。この基地返還の大行動には、沖縄各地はもちろん、全国各地から来た労組や平和団体も多数参加すると聞く。私が住む県の平和運動センターの人もいるのではと、腕章をつけた実行委員会のメンバーらしい人に、彼らの居場所を尋ねる。今いる場所からかなり遠い所らしい。
 私の目前には普天間の基地移設に関するボーリング調査に反対して座り込み闘争を闘っている名護市辺野古の人びとがいる。その集団のはずれに、中学生ぐらいの2人の娘さんを連れた女性がいた。声をかけてこの輪に入れてもらった。目の前は普天間基地の金網だ。午後3時きっかりに人間の鎖で基地を包囲するというアナウンスが流れる。
 まだ、時間はある。娘さんを連れた女性と、お互いにどこから来たのかなどと話をする。彼女はここからバスで1時間以上離れたところに住んでおり、高校生の時に同級生が米兵に強姦されて死んだという経験をもっている。その時のことは、とても言葉でいいあらわせないほど悲惨で、20年近く過ぎた今も悲しみと怒りでいっぱいになる、と話してくれた。
 その時と今と基地の状況は変わらないばかりか、むしろ強化されている。「私が経験した悲惨なことを、この子たちに経験させるわけにはいかない。それには自分だけではなく、沖縄の将来を生きるこの子たちにも基地の現実をしっかりと知ってもらわなければ」と、基地反対の運動にはなるべく親子で参加すると、微笑みながら静かに話された。
 午後3時に両隣の人と手を繋ぎあい、基地に向かって怒りをぶつける。「1万6000人余りの人びとが繋ぎ合った鎖で今、普天間基地包囲が達成されました」とのアナウンスが流れる。暑い日差しの中で基地に向けて挙げた手が次第に重さを感じてきた。でも、繋ぎ合った手を通して伝わってきた基地返還に向けた人びとの熱い熱い思いと日米両政府への怒りが、手の重さを吹き飛ばしてくれた。
 包囲はこの後2回行われ、いずれも大成功だった。包囲行動に参加した人びとの思いと、きょう知り合った女性が話してくれたことを、帰ったら多くの人に伝え、米軍基地撤去の運動を大きくしていかなければと、強く思った。


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