労働新聞 2004年3月25日号 通信・投稿

映画紹介

監督・撮影・編集・制作 飯田 基晴
「あしがらさん」

高齢路上生活者を温かく描く

 最近、若者たちがハンディカメラでつくるドキュメンタリー映画がおもしろい。社会やマスメディアが見えないふりをしてやりすごそうとする社会問題を、容赦なく明るみに引き出すからだ。
 この作品は、東京・新宿で20年以上も路上生活を続ける男性「あしがらさん」を3年にわたって撮影したものだ。この映画をつくった飯田監督は、ホームレスの支援活動の中であしがらさんと知り合った。
 あしがらさんは70歳を過ぎている。町で拾った物を詰め込んだいくつかの袋が、彼の財産のすべてだ。ときどきトントンとジャンプして、体のシラミを落とす。足の皮膚は炎症を起しており、痛々しい。人びとは、そんなあしがらさんが見えないかのように、急ぎ足で通り過ぎる。「いい時期なんてまだ来ないよ。これからだよ」ーーこれがあしがらさんの口癖だ。
 ある冬の夜、あしがらさんは病気で動けなくなり、ボランティアの助けによって、病院に入院した。ベッドで眠るあしがらさんの表情は、とても安らかだ。元気になってあしがらさんは病院を追い出される。いったん施設に入ったが、また路上生活に戻ってしまった。そして、ボランティアグループが運営するグループホームにやっと落ち着くことになる……。

  *  *  *

 あしがらさんは1932年、「満州」で生まれた。戦時中たいへんな思いをしたとも語っている。あしがらさんは自分の半生について多くを語らないが、戦中、戦後の激動を生き抜く中で、人間不信を募らせたに違いない。人を信用せず、寄せ付けず、社会生活を拒絶している。
 しかし、彼は生きることを拒絶しているわけでは決してない。あしがらさんがゴミ袋から食べ物を選り出して手づかみで食べる姿は、ものすごい迫力だ。カメラも人の視線も眼中になく、ひたすら食べ続ける。私はこの姿に感動した。生命活動の原点は「食べ物を手に入れること」であり、それが人間にとって何よりも基本的な「生きる力」であるからだ。
 人びとは「生きる」ことや「働くこと」にいろいろと意味づけしたがるが、あしがらさんは「生きることは食うことだ」とズバリ、突きつける。20年間も路上生活をした彼のすさまじい生命力に圧倒される。彼の姿を見ていると、人は何者かに生かされているのではなく、やはり自力で生きているのだと思う。
 そんなあしがらさんも年を重ね、一人で路上生活をすることが困難になってきた。そして、ボランティアの助けによって、グループホームに入り、デイサービスに通うようになる。社会があしがらさんを受け入れたのではなく、弱ったあしがらさんがやむなく社会を受け入れたように見える。
 最低限の衣食住を得たあしがらさんは、しだいにふつうのおじいさんの表情を見せるようになる。この変化を見て、映画を見ている人はほっとするかもしれない。しかし、本人はどう思っているのやら…。そんなところにおかしみも感じられる作品だ。
 次々と路上生活者を生み出す社会が「豊かな国」といえるだろうか。飯田監督は、それを問いかけているようにも見える。人を財力や見た目で評価する風潮に染まることなく、あしがらさんに温かく接し続けた飯田監督だからこそ、撮り得た作品だろう。(U)

東京・ポレポレ東中野で4月3日から上映、大阪第七芸術劇場でも公開予定
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