労働新聞 2004年3月15日号 通信・投稿
求む!安心して働ける職場
2年間で4回の転職…
国は失業問題に真剣に取り組め
工場労働者 大林光雄
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先日、失業者ネットワークの集まりがあるからと声をかけられたので、久しぶりに参加しました。顔見知りの仲間だけでなく、初めての人も参加していて活発な議論となりました。
私が参加していた時より、何か「明るさ」も感じられました。たぶん、今後も団結して失業問題に取り組んでいこうとしている真剣なものがそうさせているのかもしれません。役員体制を整えたり、失業者が中心となってNPO(非営利団体)をつくろうという前向きな話もありました。
2種免とってタクシー運転手
失業者ネットワークと出会ってから2年あまり、私の仕事探しも決して順調ではありませんでした。工場の現場で働いていたので、これといった資格がなかったので、失業保険を受給しながら、介護ヘルパーの資格を取りました。しかし、仕事も決まらず、失業保険も切れたので、タクシー会社に就職しました。「普通2種免許」の難関を突破して仕事を始めたのですが、中高年労働者にとってはきつい職場でした。
1乗務は16時間となっていますが、実際は朝の8時から翌朝の5時ごろまで仕事をしなければ「水揚げ」が伸びないのです。深夜2時(16時間勤務)以降、お客があれば仕事になりますが、体がきつい割に金にならず、免許取得費用の返済を覚悟して辞めることにしました。幸い、返済金が半分で済んだのにいくらか救われました。
食っていけない介護ヘルパー
今度はヘルパーの資格を生かして介護関係の仕事につきました。面接では給料が少ない時は社長が「ポケットマネー」で補てんするからと言っていましたが、仕事が少なく、1カ月働いても3〜4万円程度。現場責任者が辞めてしまうという、とんでもない会社でした。
別の介護サービスの会社に替わりましたが、朝6時半から夜は7時過ぎまでと長時間労働でした。仕事は午後5時ごろに終わるのですが、翌日の仕事のローテーションづくりで手間取ってしまうのです。仕事の予定表をつくる人が、ずさんな計画をつくるため毎日もめてしまうのです。これが会社組織のやることかとあきれますが、社員も何も言わない。新米パートの私が口出すこともできず、ストレスが高まるばかりでした。
もっと頭に来ることは、送迎サービスの時、ヘルパーの資格を持っていても運転手は1回1000円で、助手席に乗ると1200円という変なシステム(この地域ではどこでもそのようですが)があるのです。だれが決めたのか、私にはいつも運転手がまわってきます。たまに、助手席に乗っていても「運転手」ということで、私は1000円となっていました。無駄なことで拘束され、給料も低いので1カ月ちょっとで転職しました。
プレス工として採用されたが…
今働いている会社は製造業で、中小企業です。始業時間は8時となっていますが、駅に来る送迎バスはなんと7時15分発で、会社には7時30分に着きます。会社に着けば社長が待ちかまえていて、あれこれと仕事の指図をするのです。会社が駅から遠いので、送迎バスを使わなければならないという「弱み」につけこんで、ただ働きを強制する経営者にはあきれるばかりです。
働いていると、いろいろ見えてきます。いつも威張りくさっている中年女性は、社長の親戚かと思っていたら、じつは「オメカケさん」と分かって大笑いでした。これだけなら人畜無害ですが、いつもこのおばさんは社長を怒鳴り飛ばすのです。頭に来た社長が、社員に当たりちらすという悪循環の会社です。
プレス工として採用されたのに、何でも屋で使われています。多技能社員といえば格好がいいが、実態は雑用係で、入社以来プレスを使ったことがありません。土日が休日となっているので、いつも土曜日が来るのが待ち遠しい毎日です。
こんな会社にいつまで働けるのか。どこかで私が「爆発」するのではないかと不安な毎日で、さしづめ失業者予備軍のようなものです。
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失業者の運動にいろいろと取り組んできましたが、新聞で大きく報道されるようなこと(各自の想像に任せます)や失業者の仲間から議員を送り出し、市長が「参った。失業問題を真剣にやります」と言わせるような闘いになればと願っています。
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