労働新聞 2003年9月25日号 通信・投稿

爆死した業者に共感覚える
名古屋・軽トラ業者爆死に思う
まじめに働く人を
食い物にする社会に怒り

自営業者 松本 康信

 9月16日に名古屋で、軽トラック運送業者の別府昇さんが、「軽急便」名古屋支店の事務所でガソリンをまき、爆死するという事件があった。いつかは起こっても不思議のない事件がとうとう起こった、そこまできたことを感じさせる事件だった。日本では例の少ない大事件だと思うのに、その後のマスコミの突っ込みの弱さには奇異な感じがしている。
 私は、会社は違うが彼と同業である。私の職場でも、翌日1日だけだったがこの事件はみんなの話題になった。半分冗談ではあるが「俺もやってやろうか」という雰囲気がそこここににじみ出るのである。マスコミの報じた犯人像は、収入の少ないことを逆恨みした業者の自己中心的で非道な犯行、ということだったが、私たちの感覚では、ああいう会社はやられて当たり前、と映る。
 彼の置かれていた状況や、何を考えていたのかなどはむろん分からない。しかし、私たちがなぜ彼の死に共感するのか、ということを説明するのは簡単だと思う。事件以降、マスコミ報道があまりにも少ないので、インターネット上で調べていたらいろいろ議論になっていることも分かった。しかしこの業界で直接働いている人の意見は少なく、実感を反映した議論になっていなかった。

■あっせん業者のあくどい実態
 
 こういう自営業者がどういう状況におかれているか、私の経験をお話ししよう。私は40歳代になってから、お金に困って「貴方も経営者、月収60万円以上可能」という折り込み広告に惹かれてS物流という運送あっせん業者に応募した。
 この会社も「軽急便」などと同じように自社で車を持たず、契約した業者に車を買わせる。後から思えば仕事の世話をして手数料で稼ぐよりも、車を売ることでもうけていたのである。
 私の場合は10年ほど前に240万円のローンを組まされた。別府さんは今年で105万円だから、私の方がよほどひどい詐欺にやられたことになる。私の買った車は、改造費も含めて80〜90万円くらいの代物である。
 S物流の本業が車売りつけ詐欺なのだから、仕事のあっせんなどろくすっぽしてくれない。また、仕事については素人同然の私たちに、いい加減な説明で相手先に出向かせるので、当然話が違うということがいっぱい出てくる。勤務時間の違い、賃金の違い、その他でもめていると、月収10万円にもなるはずがない。そこから容赦なしに車のローンの支払いを請求される。さらに売り上げの15%をあっせん手数料として引かれるのである。
 契約をしてまもなく廃業する人が非常に多いのは、こういう状況を経験すると、これではとても続かない、損してでも車を手放して早めに次の職探しをした方が得策と思えるからである。
 私は幸か不幸かこのS物流とは別のルートで仕事を見つけることができたので、今まで自営運送業者としてやってきた。
 余談だが、私が契約してから3年くらいでS物流は倒産した。そもそも零細運送業者の状況は、劣悪という言葉を通り越している。今の私はベテラン宅配業者の域に入ったと思うが、毎日15〜16時間の実労働時間で、売り上げが月40〜50万円。経費を引くと20数万円がやっとだ。
 もちろん日曜祭日いっさい休みなしである。こんな無茶な労働をしたくないということなら、その分収入は減る。また雇用保険、労災保険、社会保険などいっさいの保障はない。何かあればそれで終わりである。だれもが、こんな状態から逃げ出したいと本気で思っている。

■「顧客満足度」で労働者を締め付け

 もう一つの共感のポイントは、別府さんの背景についての会社側の説明にあった「顧客とのトラブル」という点だ。これは最近クローズアップされている「顧客満足度」ということと関連している。特にサービス業ではこのことを錦の御旗にして労働者を締め付けるのが当たり前になっている。昔流でいえば「お客様は神様です」というやつだ。そうしないと企業が存続できない、とされている。
 しかし……、トラブルの99%はお客が悪い……というのがわれわれ現場にいるものの偽らざる実感なのだ。もちろんそんな意見は通るはずがないから、頭ごなしに怒鳴られたり、無理な注文に応じさせられたりするのをひたすら耐える毎日である。
 この傾向、お客の増長(無限のサービスを要求する)、自己中心性の増大はインターネット社会になってから異常なほど加速している。私たちは仕事の管理でもネットを通じてリアルタイムで監視されている上に、顧客のネット病とも向き合わなければならない。いろいろな形の労働監獄があったが今はまさに『ネット監獄』社会になっている。
   *  *  *
 まじめに働いてきた人が自爆を決意するのはよほどのことである。そのよほどのことがあったのだろうと、私は想像できる。そしてこういう状況は日本中にふつうに存在しているとも断言できる。「俺もやってやろうか」と思った人は私だけではなかったはずである。


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