労働新聞 2003年5月5日号 文化

演劇紹介

NODA・MAP第9回公演
 「オイル」
作・演出 野田秀樹

「原爆の恨みは簡単に消えるものなの?」
現代日本を巧みに風刺
米国のマインドコントロールから
日本人を解き放そうとする意欲作

 原爆投下、敗戦、米軍の占領、特攻隊、出雲の古代人、マホメット…さまざまなモチーフが時空を超えて絡む構成は奇想天外で、舞台劇ならではのおもしろさだ。敗戦直後の日本が舞台だが、日本の現状を巧みに風刺した寓話(ぐうわ)劇である。現代の「国盗り」の国・米国に対する批判はストレートで強烈だ。
   *  *  *
 舞台は1945年夏の島根。電話交換手の富士(松たか子)は、死んだ人びとや神様と電話で交信している。神様につながった富士は「神様はなぜ天国をこの世につくらないの?」と尋ねている。
 そこに、米国へ逃げるために脱走した特攻隊員のヤマト(藤原竜也)がゼロ戦で不時着する。ラジオから天皇の声が流れ、戦争は終わる。
 クチャクチャとガムを噛む米兵が、ジープに乗ってやってきた。日系人のマッサーカ軍曹(小林聡美)は「日本人を解放してやった」と尊大な態度である。
 そのころ富士は、神がかりとなって不思議な行動を始める。彼女が指したところから、オイル=石油が出てきた。「島根から石油が出たら、アラスカのように米国に買い取ってもらおう」。ジャズに魅了されたヤマトはそうふれ回り、人びともその気になる。
 しかし、富士は冷静だった。「米国は原爆を2つも落として、ひとつも謝らない。広島では1日で10万人が溶けた。愛する人を殺されたら復讐(ふくしゅう)する。復讐こそ最高の美徳。8月に原爆を2つ落とされたから、9月に飛行機を2機飛ばすのよ。片道分だけのオイルを積んで」と叫ぶ。
 時間を忘れてこの時代に漂流してきた古代人たちに、富士は過去を思い出させていく。古代人たちは「国譲り」と称して大和朝廷に「国盗り」された人びとだった。マホメットの神託を受けた富士は、10億人のイスラムが助けにくるから米国と戦おう、星条旗の51番目の星になってはいけない、と呼びかける。石油が米国のものになってしまうと気づいた人びとは右往左往し始める…。
 ラストは原爆投下の瞬間に時間が戻る。富士は広島にいる弟と電話で話していた。その時、回線がプツリと切れた。弟は原爆で溶けてしまったのだ。「原爆の恨みは簡単に消えるものなの?」「恨みには時効があるの?」富士の悲しみの声が響きわたる。
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 この作品は、「古事記」に書かれた出雲から大和への「国譲り」が「国盗り」だったという発想から生まれたという。「国盗り」つまり征服者と被征服者をテーマとして、古代と戦後を重ね合わせて劇は進行する。
 そして、過去を忘れた古代人は、今を生きる日本人の姿に重なっていく。米国に征服された民であるということを自覚しない日本人、原爆の恨みを忘れて米国を賛美する、変わり身の早い日本人に対する鋭い風刺である。
 その風刺精神はせりふにもいかんなく発揮される。「米国では石油と書いて自由と読むの。憲法にも書いてあるわね」「はい、石油を愛すると書いて、自由を愛すると読みます」という具合だ。
 テンポの早い、歯切れのいいせりふが小気味いい。松たか子、藤原竜也、山口紗弥加という若手をはじめ、13人の俳優たちがきびきびと熱演している。重いテーマにもかかわらず舞台は明るい。
 野田氏は国際政治も巧みに風刺している。オイル、米軍、イスラム、自爆という言葉は、見る側に世界の現実を強く意識させる。9・ 11事件の「テロ」を非難する大合唱の中で、野田氏は米国に征服された人びとの怨念が2機の飛行機を飛ばしたと、暗示する。
 また、劇中の米軍の姿は、イラクを占領する米軍の姿にも重なる。そして、それはアジアを侵略した日本軍の姿とも重なるはずだ。私たちは日本軍によって殺された、2000万人の恨みも忘れてはならない。
 日本人は戦後、政治・経済・軍事を米国に支配され、その意識までコントロールされてきた。この作品は、米国のマインドコントロールから日本人を解き放そうとする意欲作であり、時代の変化を敏感に感じとる鋭さをみせている。
 米国のマインドコントロールが解けた時、そこから飛び出すのは何なのか。きわどい時代の始まりを予感させる作品でもある。 (U)

東京公演=渋谷のシアターコクーンで5月25日まで。当日券(立見席)2000円から。
大阪公演=近鉄劇場で5月30日から6月15日。
問い合わせ・03・5423・5901 「文学界」5月号に脚本所収


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