労働新聞 2003年4月15日号 通信・投稿

映画紹介
吉田喜重 監督作品「鏡の女たち」
原爆の惨禍を語り継ぐ

 人はだれも、さまざまな過去を背負って生きている。耐え難い苦しみの記憶を封印して生きる母、真実を隠す両親に反発し失そうする娘、生みの母に捨てられ人間を信じられない孫娘。そんな3代の女たちの心象を、ミステリアスに描いた作品だ。
 また、この作品は見る人びとを原爆投下の広島へいざなう。原爆が人びとを苦しめ続けていることを、静かに、そして重く語りかけている。
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 東京の閑静な住宅街に住む川瀬愛(岡田茉莉子)は、24年前出産直後に失そうした娘の美和の消息を探し続けていた。ある日、市役所の戸籍係から美和の母子手帳を持った女性がいるという連絡が入った。その女性(田中好子)は尾上正子と名乗っているが、過去の記憶を喪失しており、幼女誘拐の常習犯として警察に拘置されていた。
 愛は数日後に正子に会いに行くが、自分の娘かどうか判断できない。ただ、正子がヒステリーを起こして割った鏡と、愛の家にある美和が割った鏡の割れ方が酷似していることに驚く。
 愛は正子が娘であると信じ、記憶を取り戻してくれることを願って、家に連れて行く。家には米国から帰ってきた美和の娘、夏来(一色紗英)も同席する。ここで、正子は「広島、海の見える病院」というおぼろげな記憶を語る。
 その記憶は愛の記憶と重なった。美和は広島で生まれたのだ。3人の女たちは、真実を見つけるために広島へ向かった。
 物語は愛の隠された過去に向かって進んでいく。そして、彼女の苦しみの原点に横たわっていたのは「原爆」だった。
 愛が語る原爆投下直後の生き地獄、原爆資料館のパネル…。愛は「原爆症は遺伝する」というデマを信じて、美和の出生の秘密をひたすら隠し続けていたのだ…。

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 作品全体を覆う緊張感と、岡田茉莉子の圧倒的存在感が印象に残る作品だ。全体に暗い色調の作品となっているが、その中で光と影の色づかいが大胆に試みられている。それは原爆のせん光、すべてを焼き尽くす火のようにも見える。
 日本に落とされた2発の原爆が何十万という人びとを一瞬にして殺戮(さつりく)し、生き残った人びとにも耐え難い苦しみを強いた。この事実を後世に伝えようとする吉田喜重監督の強い意思と、鎮魂の思いが伝わってくる作品だ。

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 まもなく、原爆投下から58年目の夏を迎えるが、原爆を投下した米国から謝罪の声はいまだに聞こえてこない。私たちはたとえ何十年かかってもこの国家犯罪を弾劾していかなければならないと思う。
 米国は「日本人を解放するために原爆を投下した」という。私たちは解放されたのか? 何十万人の民間人が殺戮され、米国の属国にされ、アジアの前線基地にされ、富を収奪されている現実は何なのか。この強盗の理論が、イラク戦争でもまかり通っている。現実と映画が重なり合う中で、「戦争」について深く考えさせられた。 (U)

東京都写真美術館で5月中旬まで上映中、広島、大阪、名古屋、札幌、静岡、福岡で上映予定


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