労働新聞 2003年3月15日号 通信・投稿

書籍紹介
「ドキュメント戦争広告代理店」
情報操作とボスニア紛争
悪の権化にされたミロシェビッチ

高木徹 著
講談社発行1800円

 セルビア共和国のミロシェビッチ大統領…この名を聞くと何を思い起こすだろうか。「民族浄化」「強制収容所」という言葉、極悪非道の悪人というイメージを思い浮かべる人も多いと思う。しかし、それがPR会社によって意図的につくりあげられたウソであったとしたら?
 この本では、米国の広告代理店が「セルビア=悪」というイメージをつくり出した事実が、関係者のインタビューなどによって詳細に描かれている。

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 92年4月、独立を宣言したばかりのボスニア・ヘルツェゴビナ共和国の外相が、米国の飛行場に降り立つところから話は始まる。彼は敵対しているセルビアへの攻撃を米国に求めるためにやってきた。しかし、米国政府の対応はかんばしくない。PRのプロを雇えとのアドバイスを受けた外相はルーター・フィン社という大手PR企業と契約を結んだ。担当者はジム・ハーフというやり手だった。
 彼らのやり方はじつに巧みだった。セルビア人を悪人に仕立てるため、マスコミが喜びそうな情報をつぎつぎに流して、米国議会を動かし、米政府を動かし、国連を揺さぶる。ハーフはボスニア政府代表団として国際会議にも出入りし、ボスニア大統領の演説草稿まで書いてしまうというのだから驚きだ。
 そのPR戦略の要となったキャッチコピーが「民族浄化」と「強制収容所」だった。欧米人のトラウマともいえるナチスを想起する言葉を並べ連ね、マスコミを動かし、ミロシェビッチ大統領を悪の権化に仕立てあげたのである。
 彼らが利用したデマ情報に 、「タイム」誌の表紙がある。セルビア人に捕らえられ鉄条網ごしにやせ衰えた上半身をさらすムスリム人。鉄条網は、カメラマンの背中の側にあった倉庫や変電設備を囲うためのもので、やせた男を収容するためのものではなかったことが、後日明らかになった。
 ハーフたちは親セルビア陣営を徹底的に排除した。そのやり方はきわめて卑劣で容赦のないものだった。「セルビア人も、クロアチア人も、ムスリム人もだれもが同じ事をしていたのだ。にもかかわらず、セルビア人が被害者となり、他の民族に追い出された場合には、民族浄化とは呼ばれなかった」と指摘したイギリス元外相キャリントン卿は孤立させられ、和平特使の要職から排除されてしまった。そして、ハーフの戦略は92年9月の国連総会でのユーゴスラビア連邦追放にいきつく。
 「どんな人間であっても、その人の評判を落とすことは簡単なんです。根拠があろうとなかろうと、悪い評判をひたすら繰り返せばいいのです。たとえ事実でなくても、詳しい事情を知らないテレビの視聴者や新聞の読者は信じてしまいますからね」とハーフはナチスのゲッペルスばりに豪語している。

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 ユーゴスラビア連邦は今年の2月4日に消滅した。大国の干渉が続く中で、ボスニア紛争、コソボ紛争、北大西洋条約機構(NATO)軍によるユーゴ空爆という戦争がバルカン半島を襲い、多くの人びとが犠牲になっていった。
 米国がこれらの紛争に深くかかわっていることを改めて知ることができる。ボスニア紛争に介入してきた米国の人権活動家、米国のユダヤ人団体、PR会社、ユーゴスラビア連邦の首相に抜擢された米国籍の会社社長パニッチ、そして国務省。
 ナイルズ元国務次官補は、「私たちがメディアに影響されることは決してありません。メディアを利用することはありますがね」と語っている。実際のところ、だれが利用されてだれが利用したのか、その真相は闇の中である。
 ルーター・フィン社はボスニア紛争での業績を認められ、全米PR協会の最優秀賞を獲得した。「戦争広告代理店」をグローバル時代の一つの成功例としてもてはやす米国社会の価値観は、常軌を逸している。まさに米国は「生き馬の目を抜く」社会なのだ。
 それにしても、メディアが垂れ流す情報の信憑(しんぴょう)性とはこの程度のものであることを理解することは重要だと思う。北朝鮮の「核開発」、イラクの「大量破壊兵器」…。こうしたキャッチコピーを、意図的に振りまいている人びとがいることを忘れてはならない。   (U)

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