労働新聞 2003年3月5日号 通信・投稿

やっぱ好きやねん
デフレ餃子

ひまなぼんぺい

 「介休会には上等の焼酎と餃子を持っていきます」
 Iさんからハガキが届き、会の当日「全員で何人ですか」と電話があった。
 介休会というのは、2年前に山西省介休にある綿山に植樹に行った仲間の集まりだ。Iさんはそのリーダー格で、中国通の物書き。集まったのは僕を入れて5人。
 彼は提げてきた三袋の冷凍水餃子と黒酢、辣椒醤(ラーチアオチァン)を「まあ、見てください」とテーブルに並べて、レシートを取り出した。池袋にある「知音中国食品」という店で買ったものだ。
 餃子は一袋50個入りで、韮菜水餃(ニラとキャベツと豚肉)、菜肉水餃(野菜と豚肉)、三鮮水餃(野菜とエビと豚肉)の三種類だ。餃子は一個20グラムと小ぶりだが、全部で三キロになる。
 驚いたのは、その値段である。いちばん安い韮菜水餃が一袋480円、最高の三鮮水餃でも580円。黒酢は山西省と江蘇省鎮江のものが有名だが、Iさんが買ってきた鎮江黒酢が一瓶85円、辣椒醤が130円である。餃子は山東省産。
 「まずはニラからいきましょう」とIさん。ずんどう鍋に湯を沸かし、餃子を20個ほどばらばらと放り込み、浮いてきたら差し水をする。再び沸騰したらでき上がりだ。
 小皿に黒酢と辣椒醤を入れてかき混ぜ、タレにする。醤油(しょうゆ)は使わない。次いで菜肉水餃。それぞれ野菜が主体のあっさりとした味だが、中にまぎれ込むように入っている豚肉の小片が歯に触れる。噛むと脂身のほのかな甘みが口中に少し広がり、小さな宝物を得たようなうれしい気分になる。
 僕は若いころの拘置所暮らしで九分間入浴を強制されたせいで、ゆっくりと湯につかって物思いにふけるなんて芸当はできない。そこで、湯船に風呂用の椅子を入れ、腰湯で文庫本を読みながら時間をかせぎ、汗を流す。それも、一編一編が短い随想集や評論集が適当で、一編を読み終えると、「これでよしっ」と体をささっと洗って上がる。
 そんなわけで、連日風呂に持ち込んだために湯気を吸ってぶくぶくになった『花田清輝評論集』(岩波文庫)の「美味救世」という文章の中に、李劼人の小説『死水微瀾』に書かれた豚肉についての記述が引用されている。孫引きしよう。
 「その肉は、いかなる地方のブタ肉よりもやわらかく、匂いがよく、歯切れがいい。試みに、ころあいにさっとゆがいて薄く刻み、ちょっと白醤油につけて口へほうりこみ、味わいながら噛んでみるがいい。胡桃(くるみ)の実のような味があることがわかると思う。こうして、成都の白片肉がいかに他に類例のないものであるかが納得いただけるわけだ」
 一個10円前後の餃子にひそんだ豚肉の味がまさにこれだと言うと、花田清輝が墓場から怒鳴るかもしれないが、ふだんわれわれが口にする豚肉からはとうに失われた懐かしい滋味である。三鮮水餃のエビもぷりぷりと弾力を保っていた。
 餃子があまりにうまいので、焼酎が回り始めると当然議論になる。デフレでものみな値段が下がる昨今だが、一個一個包んで冷凍し、輸送費をかけて、輸入業者や小売りの利益を入れてもこの値段。餃子を作っている労働者の一個あたりの工賃はいったいいくらになるのか……。焼酎の酔いと餃子でいっぱいになった腹を抱えた僕たちの頭では想像力にも限界があり、むろん結論など出るはずもなかったが、最後は定石どおり、餃子をゆでたお湯に黒酢と醤油を垂らして飲み、大満足の介休会を閉じたのである。
 翌朝は白濁した餃子湯を温め、冷や飯とワカメ、刻んだネギを入れて塩で味を調え、香りづけに醤油を垂らしたおじやを作り、疲れた胃をいたわってやった。

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