労働新聞 2002年10月15日号 通信・投稿

日本の未来が心配だ
異常な拉致事件報道

乙川 葉二

 先月17日、小泉首相が朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)を訪問し、平壌宣言が結ばれ、同時に、金正日総書記が拉致事件を正式に認め、謝罪した。
 私個人は「拉致事件は日朝交渉のカードとして日本政府か韓国軍部がつくり出した謀略」だと信じていたので、この顛末(てんまつ)には少なからず驚いた。
 事件があったこと自体は、北朝鮮が米国の敵視外交の下で長らく軍事的な緊張を強いられていた異常な状況を考えると、良いことではないが、あっても不思議でないと思った。むしろ、それを北朝鮮が認め謝罪したことの方に驚いた。「経済支援のために、KCIA(韓国中央情報部)がやったことも引き受けてしまったのでは……」などの考えもよぎった。
 しかし、何よりも強く感じたのが「在日朝鮮・韓国人に卑劣な嫌がらせや迫害をする人がいるのではないか、また…」という危ぐであった。
 私は微力ながら、日朝国交回復を求める運動や在日の人権問題などに関わってきたが、そのきっかけも94年の北朝鮮への核査察問題の際の、朝鮮学校の生徒への嫌がらせ、チマ・チョゴリ切り裂き事件だった。
 皮肉にも、民族学校というものの存在を知ったのはその事件からであり、それ以来、在日の人びとと知り合ったり、歴史を勉強する中で今までの自分の無知を知り、その無知な自分を含めた日本人がつくっている日本社会の現実を知ることになった。
 翌日の18日の昼ごろ、在日朝鮮人の知人から電話があった。ひどく疲れた声で「今回の拉致事件などに関して、どのように思うか、日本人からいろいろと意見を聞いている」と、私に尋ねた。
 私は「マスコミが日本の植民地支配や強制連行などについて謝罪したことは触れず、拉致事件ばかりを異様に強調していることが腹立たしい。日韓基本条約のように、日本が真摯(しんし)な反省と謝罪をする機会が失われるのではと危ぐしている」と話すと、彼は少し安心したようだが、相変わらずひどく元気がない。
 「昨日から、在日の方々への嫌がらせを心配していた。大丈夫?」と聞くと「すでに昨晩から(在日団体へ)嫌がらせの電話などが続々とかかっている」とのことだった。その後、全国で起こった嫌がらせや脅迫については、ここに記すまでもない。
 南北首脳会談の際、「いよいよ本当に祖国が統一するかも」と本当にうれしそうな顔で目を輝かせていた彼を知っているだけに、この社会の現実に胸がギリギリと痛んだ。
 そんな中、朝鮮学校の学園祭を訪ねる機会があった。さまざまな嫌がらせが続き、一時的に休校を強いられた学校もあったとのことで、心配しながら足を運んだ。電車の中でチマ・チョゴリの学生を見かける。にわかにうれしくなった。駅に着くなり足早に向かった。
 学校は、お祭り独特の雰囲気に包まれていた。民族衣装を着て、民族の歌と踊り、家族もたくさん参加し、皆じつに楽しげだった。例年と比べてはいないのだが、楽しい雰囲気に少し安心した。自分たちの文化を楽しみたい……こんな願いが当然である社会をつくりたい、その思いが募った。
 きょうもテレビでは惜しみなく時間を割いて、拉致事件を報道している。私の知人の親は戦時中に炭鉱で酷使される朝鮮人を目の当たりにしていたので、「こんな勝手なことばかり言っていると、今に足元をすくわれるぞ」と言っていたそうだ。
 この異常な雰囲気は他国の人間から見て、どのように見えるのか……恥ずかしくてならない。心配でならない。アジアとの信頼関係を築くために、この日本の社会を抜本的につくり変えなければならない、真剣にそう思う。


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