労働新聞 2002年9月25日号 通信

私の夏休み
心癒された旅
モンゴル大草原での体験

青山 元

 飛行場のある町から、砂煙を上げて激しく揺れながら走るバスに乗って2時間以上。ムダ口を開くと舌を噛みそうになるのをこらえながら、ラクダで畑を耕す農民や、花売りの少女たちに、一面黄金色の菜の花畑に目を奪われ、心を癒され、車窓から頭を出して涼しい風に頬を撫でられ、着いた所は一面緑の大草原。
 360度、まわりを緑のなだらかな丘に囲まれたやや平坦な中央部に立ち並ぶ真っ白なゲル群。これが今晩からの私たちのネグラだ。民族衣装の女性たちの歌と踊り、歓迎の酒に迎えられ、ゲルでの体験生活が始まる。
 ゲルは羊などを遊牧して生活してきたモンゴル族の住居で、草を求めて移動しやすいように実に合理的にできている。ハナと呼ばれる柱の部分は通常6つに分解でき、その一つひとつはジャバラ式に折りたたむことができる。排気と明り取りのための天窓は開閉自在で、そこから見える空はどこまでも青い。夜には、その丸い窓に満天の星座を見ることができる。
 外壁はフェルトをふんだんに使ったもので、風雨、雪、砂嵐から家族を守る。その厚さから厳しい冬の生活を想像できた。しかし押し寄せる近代化の波に、遊牧民の生活も変化し始めていた。これまでの遊牧生活は次第に困難となり、定住して畑作など農業や酪農に就く者も増えているという。
 また、従来の馬による移動からバイクや自動車への転換も進んでいると聞く。のどかで、単調だが平和な草原の生活をいつまでも続けてほしいと思うのは、時間に追われ、数字に踊らされていながらも「文明生活」に甘んじている自分たちのワガママだろうか。


なだらかな大草原の丘に立ち並ぶ真っ白なゲル

 さて、大草原の楽しみの最大のものはやはり食事だ。ここでの名物は「羊料理」。とはいってもメニューは素朴だ。子羊の丸焼きはここでの最大のごちそう。味付けはシンプルで塩だけ。これをアラビアンナイトの物語に出てくるようなナイフで解体し、手づかみしてかぶりつくのだ。手は油でベトベトだ。
 これはビールで流し込むしかないが、現地の人はアルコール分60%以上の地酒を勧める。ビールは有料だが、地酒はサービスだという。この誘惑は断りがたい。われわれのモットーであるアジアの共生にも反するはずだ。薄れゆく意識と闘いながら羊肉にかぶりつくしかない。
 とどめは羊の頭蒸しだ。真鍮(しんちゅう)のお盆に乗った羊のガイコツが情けないような顔をして、辛うじて薄い皮を着け、半分外れかかった目玉をこれも辛うじてぶら下げて登場したときは、さすがに一同声をあげた。
 「頬の肉が美味い、目玉のまわりのゼラチンに栄養がある」と断言され、私の皿に目玉が乗って来た。断るわけにはいかない。黙って私は目玉を口に含んで言われるままにしゃぶった。座は盛り上がったが、アジアの共生の大義は時には苦痛を伴うものだと知った。白日夢になって今思い出す、不思議な大草原のゲルでの数日間の体験だった。


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