20020605

ビックリ
音楽ホールが突如出現
わが町が「超文化」都市に

佐木 潤


 私の住む町は、県庁所在都市の隣町。従ってこの15年ほどで次第にベッドタウン化して人口が増えており、住民は旧来からこの町に住んでいる旧住民と、引っ越してきた新住民が「混在」している。農家が自分の土地にアパートを建てたり、土地を売ってマンションを建てたりと、新開地のどこにでもある風景が町のようすである。
 だが、混在しているせいか、自治会がどこにもきちんと組織されている。自治会の事業といえば、年1度のお祭り競技大会がビッグイベントで、伝統的に地域対抗で闘われるため、これに負けないため、地域の名誉をかけて自治会総がかりで取り組む。例年てんてこ舞いの大騒動である。
 だが、自治会総がかりとはいえ、昔から住んでいる人と新住民ではお祭りにかける熱意はおのずと大きな温度差がある。一方は負けては地域の恥とばかりに仕事も放り投げて準備に追われるが、他方は渋々お手伝いするという具合である。自治会のその他の活動にも、この温度差は現れている。それで、めんどうな班の役員にはなり手が少なく、持ち回りで役員が回ってくる仕組みとなっていて、今年は当番で、私に班の役員が回ってきた。

驚きの自治会研修会
 そんな折、「新任班長研修のご案内」なる招請がやってきた。何につけても年間の慣行行事を第1とする自治会で、それをこなしていれば、可もなく不可もなく会長の仕事は合格で、そんな雰囲気の自治会にしては実に珍しい「新企画の行事」である。しかも、必ず参加せよとのことであり、いったい何事かと思った。研修先は、清掃工場、総合福祉センター、浄化センター、自然公園となっている。いずれも町の施設または広域事業組合の施設で町内にある。
 たいがいのことは知っているつもりだが、それら施設の中に立ち入って視察したり、当事者から詳細な説明など受けたことがなかったので、これは大変良い企画だと思い、参加させていただいた。
 ところで招請状には、「都合により若干の変更がある場合があります」となっていたが、さして私は気にかけずに参加した。
 貸し切りバスでの町内施設の研修は順調に進み、各班長さんたちも初めての体験の方がほとんどで、疲れも見せず、みな興味津々である。私も、この町の資源ゴミの分別収集がきわめて大ざっぱで、何色のビンも皆ビン類として収集していることに日ごろから疑問をもっていたが、清掃工場を見て、きわめて「納得」させられた。初めて見る資源ゴミの集積場では、人手による人海戦術、色違いのビンを一つひとつ振り分けて、気の遠くなるような作業をやっていた。確かに雇用の拡大にはつながるナ……とは思いつつ、隣の市でやっていることをこの町ではなぜ実行しないのか。
 きつく質問しようと思ったが、とりあえずやめた。というのも、現場の説明者が大変人の良さそうな人で、そんな顔つき動作に似合わず、飲料大企業が処理費用を価格に上乗せしているだけで、自分の懐は少しも痛めておらず、地方の町のこうした努力には見向きもしないと、先ほどから繰り返し非難していたからだ。ご苦労のほどがしのばれる思いがした。

「借金の森」?
  さて、自然公園での昼食も終わり、研修は無事終了する予定になっていた。ところが自治会長があいさつに出てきて、もう1カ所、4月に完成した文化ホールをこれから訪ねます、とのこと。丘の斜面を利用し工事が進んでいることを私も知っていたので、これからそこを見学するのだと分かった。総合運動公園と文化会館はどこの町にも掃いて捨てるほどワンサカ建設されており、この町の1期目の町長もご多分にもれず、文化会館の建設に走ったかと私は思っていた。
 ところが、完成した現場に行って、館長なる人物の説明を聞きつつホールに入って、私は驚愕(きょうがく)した。思わず、人目をはばからずウーンとうなり声をあげてしまった。
 人口2万5000人の小さな町、某電機会社を除けばさしたる製造業もなく、目立つのはパチンコ屋と大型スーパーという、何の変哲のないベッドタウン。その町に、なんと音楽会専用とはいえ800百席を備えた大ホール、それに各種の音響・防音装置を備え、先進技術の粋を集めたような練習場。建築デザインも通り一遍ではない。森と斜面をうまく使った超近代的な音楽ホールが、そこにデーンと完成していたのだ。
 カラオケ大会に年に数度使うしか能のない文化会館というレベルのたぐいではない。デザイン一つ見ても、素人でも分かるようなすばらしい水準である。
 思わずうなったのは、その素晴らしさもあるが、いったいだれがここを使うのだろうかという率直な疑問、いったい何億投じたのだろうという驚きだった。
 その証拠に、4月に完成したが、いまだコケラ落としの音楽会は固まっていないとのこと。メジャーでない演歌歌手をなんとか連れてきてようやく文化会館のコケラをやったのは隣町だが、あの音楽ホールの構えでは手頃に演歌公演会というわけにもいくまい。ただ、ただ、驚きあきれて、ものも言えない。
 行政には公共工事が付き物だが、市場調査もなし、愚行の頂点に立つようなホールである。文化の森○○音楽ホール、というのが正式名前であるが、私はまわりの班長さんたちに言った、「これは借金の森ですねえ」と。自治会長も初めて入ったらしく、何と表現してよいか分からず、「建っちゃったモンねえ」と、ポツリ。
 地方財政の危機と行政の効率化への対応が、町村合併に熱心な指導部の建前だが、このホールの現実を見るとき、地方自治の危機が来ていることを痛感せざるをえなかった。
 かくして、新企画の班長研修は、班長さんたちそれぞれに複雑な思いを研修させることとなったのである。来年の町長選、ただではすまさんぞと思った1日であった。