20020525

映画紹介

「KT」監督 阪本 順治
金大中拉致事件……
国家犯罪をスリリングに描く娯楽作品


 「KT」は金大中の頭文字である。1973年8月8日、東京・九段のホテル・グランドパレスから、金大中・元韓国大統領候補が連れ去られた。金大中氏は5日後に、キズだらけの姿で韓国で発見される。この事件は、日本で起きたにもかかわらず日韓両国で政治決着され、犯人も未逮捕である。阪本順治監督はこの事件の真相を大胆な推理で描き、緊張感あふれる娯楽映画に仕上げた。

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 映画は三島由紀夫が市ヶ谷の自衛隊で、割腹自殺を図るところから始まる。取材に行った新聞記者の神川(原田芳雄)は、白菊を供える主人公・自衛官の富田(佐藤浩市)を見かける。富田は自衛隊が「日陰者」とされていることに不満をもっており、特殊工作のために朝鮮語を習得し、朝鮮人を対象にちょう報活動を行っていた。
 亡命中の金大中は米国から日本に来て、朴政権打倒の闘いを進めていた。金大中を取材した神川は、金大中の活動を新聞で大きく報道する。
 ある日富田は、朴大統領の親友だった上官に呼ばれ、興信所を開設するよう命令を受ける。にわか仕立ての興信所に早速、韓国大使館の職員で韓国中央情報部(KCIA)の金車雲(キム・ガプス)が訪れ、金大中の調査を依頼する。
 KT暗殺計画の責任者だった金車雲は、暗殺に失敗すればKCIAから抹殺される。富田は、命がけで謀略をめぐらす金車雲に手を貸し、決行の日がやってきた……。

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 この作品はフィクションだが、金大中拉致事件に深く関与したとうわさされた元自衛官と、現場に指紋を残した韓国人をモデルに物語がつくられた。阪本監督は「事実は徹底的に調べたので、自信をもってウソはつく」と語っている。フィクションではあるが、説得力があり、おもしろい。
 しかし、この作品のテーマは、事件の解明ではないように思える。国家権力という巨大な組織は、謀略や人殺しさえも正当化する力をもつ。その国家犯罪を、阪本監督はスリリングに描く。
 富田は「韓国も日本も米軍の掌(てのひら)で踊るイエローモンキーに過ぎない」と怒り、自衛隊が軍隊として認知され、日の当たる存在になることを夢見るが、国家権力はそんな「愛国心」を利用して、拉致事件を実行していく。
 結局2人の主人公は、国家権力にもてあそばれ、裏切られていく存在だった。権力の非情さを知るがゆえに組織に逆らうことのできない人間たちの姿に、阪本監督の熱い視線が注がれる。
 この作品には、さまざまな人びとが登場する。朴政権に拷問を受けた女性、元特攻隊員、日本軍に肉親を殺された在日韓国人……歴史の暗い部分を背負った人びとを登場させることによって、国家犯罪はいっそうリアルになり、作品に社会性が生まれている。
 ひところ、ヤクザ映画というジャンルがはやったことがあるが、ヤクザの世界よりも国家犯罪のほうが、非情さにおいても抗争の程度においてもすさまじく、スキャンダラスだ。しかし、その真実は、国民の目にとまることは少ない。
 映画人がこうしたジャンルに挑戦し、娯楽映画の幅を広げていくことを期待したい。(U)

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