20020405

やっぱ好きやねん
大学に入った石売り娘

ひまな ぼんぺい


 雷鳴を伴った前夜の豪雨から一転し、4月1日、東京は最高の気温を記録する晴天となった。
 山梨から出てきて僕の事務所に一泊したサクライさんといっしょに地下鉄都営三田線で白金台に向かう。
 8時半に明治学院大学正門前に着くと、今はもう「石売り娘」と呼ぶこともなくなった謝蘭芳が待っていた。黒のスーツに革靴、白いブラウスの、はじめて見るいでたち。
 「あんな服、どうしたの?」
 サクライさんに聞くと、
 「だれかから借りたんじゃないの。こんな点、彼女はしっかりしてるから」
 と、いわば親代わりの彼も知らない様子。
 大学入学の晴れ姿を桜の下で撮って甘粛省奥地の玉門にいる両親に送りたいと、早咲きの桜をしきりに心配していた蘭芳だったが、かろうじて花びらの残る桜の下で撮影することができた。
 来日後わずか1年2カ月で大学入試を迎えた彼女は専修大学と明治学院大学を受験した。両校の雰囲気と面接担当者の態度に大きな差があったらしく、明治学院大学への入学希望を一気に募らせた。ところが、専修大学の合格が先に決まり、明治学院大学の合格発表の前日が専修大学の入学金納入最終日という非情な事態に悩みに悩んだ。
 明治学院大学の面接では尋ねられたことには十分に答えたし、自分の考えも言い、合格の自信はある。
専修大学に納める入学金26万円は大金だ。アパート代の9カ月分に相当する。しかし、万一落ちたらどうなる……。
 僕たちの強い勧めで26万円をぎりぎりになって彼女は払い込み、翌日、明治学院大学から合格通知が届いた。
 大学院経済研究科と経済学部の合同入学式はチャペルで行われ、父母は控え室で実況中継を見ることになった。僕たちもそこに入り込んだ。
 蘭芳はあとで「式はとても荘厳で神聖な雰囲気で感動した」と言ったが、キリスト教式の式次第(前奏、讃美歌、聖書朗読、祈祷、式辞、校歌、祝辞、演奏、頌栄、祝祷、後奏)に従ってサクサクと進み、簡潔だがあたたかい。
 讃美歌493「いつくしみ深い」でグッときた。讃美歌なんてとナメていたところが懐かしいメロディなのだ。
 子供のころ確かに繰り返し歌ったこのメロディと、(蘭芳、遠くからやってきて、よくがんばったよな)という思いとが交錯して、こみ上げてしまったのである。
 ラーラララララリーラ ラーララララララー
 って、なんていう曲だったっけ、と電話で尋ねまくったところ、
 「チャールス・コンバース作曲、杉谷代水の歌詞『月なきみ空に、きらめく光、嗚呼その星影、希望の姿。……』で教科書にも取り入れられている」
 とI君が返事をくれた。そうだ、この歌だった。
 入学式をすませ、謝蘭芳はめでたく大学生となった。僕たちの役目もひとまず終わったわけである。
 2年間は横浜キャンパスで勉強することになるので、彼女は先日大倉山のアパートに引っ越した。サクライさんが渡した「石売り娘」の連載を読んだ大家さんが、「あなたは大変だから」と月々4000円のシャワー代をタダにしてくれた、とうれしそうに報告する蘭芳。
 「あの記事は僕が書いたのだから半分よこしなさい」と言うと、「じゃあ、26万円は? 私の貧乏は根が深いんです」
 入学金騒ぎはしばらく尾を引きそうである。
 ところで、黒のスーツと靴は蘭州の友人に1万円送って、買いそろえてもらったのだという。
 「だって、2人をびっくりさせたいでしょう」
 甘粛省の黄河のほとりで石ころを売って生計を助けていた少女が、12年を経て日本の大学生になった。この事実は、日中国交正常化30周年を迎える今年、ささやかではあるが僕にとって記念すべきできごとであった。

 蘭芳、見よ、
 今日も、かの蒼空に
 飛行機の高く飛べるを