20020405

02春 闘
組合員は心底怒っている
会議への代表に拍手と声援
「妥結提案はけってくれよ」

自動車工場労働者 青山 元


 かつてこの工場で体験したことのない異様な雰囲気だった。出征兵士を送る時はきっとこんな雰囲気ではなかっただろうかと、勝手に想像してしまう。
 それは組合評議員のB氏が仕事を離れ、組合執行部が「ベースアップゼロ回答妥結提案」を説明する評議会に出席する時のことだった。ベテラン班長のA氏が着替えを済ませてラインの横を通り、工場から出ようとすると、作業中の労働者が一斉に拍手をしだした。そして、B氏に「執行部の妥結提案をけってきてくれよ」、「現場の声をキチンと伝えてくれ!」、「ストライキをやれと提案してこい!」などと口々に声をかけている。みんな、昨日の新聞の報道や、今朝配られた「組合ニュース」の妥結提案に心底怒っているのだ。

*  *  *

 これまで会社は不況を口実に、労働者には人減らし労働強化を、下請けには部品単価30%カットなど徹底したリストラを押し付けてきた。労働組合は「労使は車の両輪」、「会社がもうかればわれわれの労働条件も向上する」として、これらを無条件に受け入れてきた。
 その結果、この不況下でも最優良企業と呼ばれ、国内販売も好調、海外では過去最高の販売実績をあげ、1兆数千億円の大もうけをした。しかし、賃上げ回答は、経営危機で再建中の同業他社よりも低いものだった。
 今朝配られた「組合ニュース」の執行部判断では、「将来にわたる組合員の幸せ」、「日本経済再生」を考えたもので、「交渉の進ちょくが社会に与える影響が大」だとして「ゼロ回答」を納得せよという。工場で働く組合員の期待や実感とは大きくかけ離れたものだ。また、「春闘」や「賃上げ」の根本的変化を認めるもので、労働界全体への影響も大きく、連合幹部からも露骨に不快の意思表示がされたという。

■ますます信頼失う組合幹部  
 しかし、組合執行部は反省するどころか、あきれたことに組合員の怒りの声に恐れをなして、職場討議にかける前に「職場の状態調査」と称して、組合員がどれほど今回の妥結提案に怒っているかの事前調査を行っているのだ。さらに妥結提案への反論に対する回答集「職場展開におけるQ&A集」なるものをつくり末端役員に配布している。
 回答例のいの一番が「なぜストライキをしないのか」への回答というのも組合幹部の危機意識を反映しているもので興味深いが、回答では「社会的責任」で逃げるのはこの組合の本質を示している。また、ベースアップをかち取った同業他社への評価では「数値では負けたが、優位性は高い」などと訳のわからない回答であり、1兆円以上の利益をあげたことに対しては「大企業の賃金は社会的制約を受ける」「相手は日本株式会社」だとして、闘わないことの責任転嫁をしているに過ぎない。こうしたみっともない言い訳は組合員には容易に見破られており、組合幹部はますます信頼を失っている。

*  *  *

 突然、組長がやってきた。「だれだ! 今声をかけたやつはだれだ! 名前と工員番号を言え!」と恫喝(どうかつ)している。拍手は止まったが、声かけは止まらなかった。B氏はまっすぐ前を向いたまま工場から出て行った。
 数日後の職場討議は、この回答集の議論で盛り上がったが、組合員からの辛らつな質問や意見に困窮した執行委員は、突然文語調になって得意の「反論集」で反撃してきた。「キミは、資本主義を肯定するか否か! 肯定するならトコトン議論しよう。しかし否定するなら、不毛の議論になるから一切議論しない」と。
 しかし、Aさんはひるまなかった。「俺は資本主義を肯定しても構わんが、納得できるように説明してくれよ!」賃上げ要求で690円だったベテラン班長のAさんの賃上げは、執行部の妥結提案ではマイナス160円になるのだ。