20020205

カルロス・ゴーンの与えたもの

北野 八十六


 最近、ゴーン氏の「ルネッサンス」という本が、ベストセラーになったと話題になっている。しかし、その話題の陰で、日産労働者はもとより、地域社会が大打撃を受けていることを見逃すわけにはいかない。

*  *  *

 新年明けに、日産に勤務していた知人と数年ぶりに会った。話題はもっぱらゴーン氏と日産の現状、日産車体京都工場閉鎖だ。
 最初に会った人は十年ほど前、日産本社のエリート社員として京都のディーラー(販売会社)へ販売促進課長として赴任してきた人だ。彼は7年前に日産の社内事情により退社し、日産の販売会社専門の企画会社を知人と立ち上げ、それなりに仕事は成り立っていたらしい。
 ゴーン氏が日産社長に就任して約2年、工場の統廃合、不採算部門の整理、下請け会社の部品の競争入札仕入など、ハード部門はほぼ予定通り進んだらしい。次は営業部門の切り捨てである。販売店の統廃合で余剰となった社員は、ほとんど3〜5年で辞めていくようなシステムにされているとのことである。
 彼は日産車体のあった宇治に住んでいるが、商店街は歯抜けになったような状態で、この不況の象徴のような様相であると語っていた。日産は企画の仕事を一部の大手広告会社だけに発注し、今年に入ってから彼の会社に日産の仕事はこなくなった。学校に在学している子供がいるので生活が大変だと話していた。
 もう一人の人は地元採用でたたき上げた、販売会社の販売促進部長だった人だ。この人も販売店の統廃合の波にのまれ、5年前に子会社へ出向し、3年前自己退職した。
 この人の息子は8年前高校を卒業し、日産車体宇治工場に勤めた。今回の工場閉鎖は大変な驚きであったと語った。息子は日産の他工場へ異動せず、京都の町工場に勤務している。採用企業は厚生労働省の奨励している離職者の採用給付金60万円と職安に対する点数稼ぎだけが目当てだ。採用保証期間の1年が過ぎると、自己退職に追い込むつもりのようだ。
 このように日産の現場、また営業部門においても激しい人減らしが行われている。その結果として、昨年日産は最高の利益をあげた。多くの人の痛みであがなわれた「ルネッサンス」であることをわれわれは再認識すべきである。宇治市は人口の減少と不況で、町は沈んでいる。
 ゴーン氏の「ルネッサンス」は、いま小泉内閣がやらんとしている「痛み」の先取りである。ゴーン氏の痛みは一私企業のことであるが、それでもその工場のあった町や商店街はさびれる一方であり、いずれ行政も税収の減少で行き詰まるのは時間の問題である。
 小泉内閣は、全国民に痛みを与え、大企業だけに税金を注入し生き残りを図る政策である。われわれは足元を見つめ、多くの労働者、商店主、自営業者と手を取って「痛み政策」を打破しなければならないことを、元日産社員の人たちの話から思わざるを得なかった。今こそわが労働党は、先頭になって闘うべきであるということも、強く意識した次第である。