20010925

中国で遭遇した「オリンピック北京開催」決定(3)

父ちゃんの理屈

今宮 浪虎


 なんとか列車に乗れた僕たちはふらふらで自分の席(ベッド)を探す。寝台車といっても〈硬臥〉だからカーテンがあるわけでなく、硬い三段ベッドが左右対称に設置され、通路には休憩用の腰掛け程度のいすが二つ据え付けられているだけだ。僕のベッドはいちばん下だった。〈泰山駅〉が始発ではないので、もちろんほかの客が座っている。
 僕の席には親子(いかつい父ちゃんと七歳と三歳くらいの姉妹)が座っていた。酔っ払いが来たので、すんなりベッドをあけてくれた。さぁー寝るか!
 「ビール、ノミマスカ?ソウデス?」また日本語で張さんが気を使ってくれる。「ありがとう。もう寝るわ」僕には気を使わないでくれと、張さんと握手して横になった。
 列車が動き、すべての窓が開けられた寝台車に快適な風が流れる。なかなか気持ちいい。さっきの姉妹は僕の上のベッドに二人で横になり、いかつい父ちゃんはタバコを吸いながら通路のいすでシャツを胸までめくり腹を出して涼をとっている。僕の隣では眼鏡のにーちゃんがタバコを吸いながらビールを瓶のまま飲んでいる。本来ここは禁煙だが、見つからなければOKのようだ。眼鏡のにーちゃんの上で横になっていた張さんに、タバコ吸ってもいいのかと聞くと、「吸うてもええで」と言う。「見つからなければ」という説明はなかったが、態度でわかった。
 快適な風が入り、工場の社長がくれた高級タバコ〈泰山〉に火をつけ、二、三口吸い込んだあと、眠りに就いた。
     *
 暑い…。自分の寝汗で起きてしまった。外を見ると〈済南駅〉だった。走っているときは快適なのだが、停車すると蒸し暑い。とにかく暑くてみんなも眠れないようだ。ここに停車してすでに四十分。まだ列車は動かない。
 僕はだんだんこの空間が不快になってきた。我慢できなくなってきたそのとき、おばちゃんの服務員がやってきて切符の確認をしている。暑いから早く列車動かしてくれ! いつになったら動くんだ! とあちこちで聞かれている。おばちゃんは「タバコは吸うたらアカン!」と話をすりかえ、逆にタバコを吸っている人にきつめの注意をしている。
 僕の上に寝ている姉妹の父ちゃんは、まだ通路の休憩用の小さないすでタバコを吸っていた。突然、服務員のおばちゃんとかなり大きな声で口論を始めた。隣の眼鏡のにーちゃんは起き上がり、その口論を面白そうに聞いている。おばちゃんと父ちゃんの口論はかなりヒートアップしている。みんな眠れなくて退屈だったので、二人の口論を楽しんでいるようだった。
 二人ともかなりきつい山東なまりがあったので、口論の内容をなんとなく聞いていたのでは聞き取れなかった。僕もみんなと同じくその口論に集中した。
 「規則は規則や! 規則に従わないんやったら、ここで降りろ!」
 「ええやん。別に、迷惑かけてないやんか!」
 「切符が違う! あんたの娘たちの切符は〈硬座〉や! 二人を〈硬座〉に戻しなさい!」
 「オレは父親だ! あの二人はオレの子供たちだ!」
 「もし、子供を寝させたかったら一人だけにしろ!二人で一つのベッドは使用できへん!」
 何が何でも「規則だ!」とおばちゃん。
 「そんなん関係あるか!俺の子供だ!」と父ちゃん。
 僕はやっと二人がどうして口論になっているのかわかった。父ちゃんは椅子席の安い車両の切符〈硬座票〉を二枚と、僕たちが今いる寝台車両の高い切符〈硬臥票〉を一枚買い、その切符で乗車し、子供二人を〈硬臥〉のベッドに寝かせ、自分は通路のいすで子供を見守っているのだ。それを見つけた服務員のおばちゃんが「規則だ!」という正論で、父ちゃんも「俺の子供だ!」という規則違反の正論で口論しているのだ。
 隣の眼鏡のにーちゃんは面白そうにその口論を聞いている。張さんは暑いし、大声の口論が目の前で始まるような環境に、「悪いなぁ、ほんとに」と僕に謝ってきた。
 「規則により、すぐに降りてください。降りなさい!」 少しヤバイ空気になってきたとき、汽車が動き始めた。窓からまた快適な風が入ってくる。今までの状況について「おもろかったな」と隣の眼鏡のにーちゃんに目であいさつした。彼は携帯でだれかと話した後、横になった。
 まだ十一時前だ。青島までまだ六時間以上かかる。僕も横になり、やっと眠れると思った。「早く寝よう。まださっきの〈白酒〉効いてるなぁ」(つづく)

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