愛媛が燃えた８日間の記録

　八月八日午後一時過ぎ、愛媛県教育長吉野内直光、教育委員長土居俊夫ほか四人の教育委員たちは突如、愛媛県立養護学校十三校のうち五校ー肢体不自由二校、病弱一校、聾（ろう）学校二校、松山聾、宇和聾ーの中学校歴史教科書に扶桑社の歴史教科書を採択すると、記者会見で発表した。八日の午前中に県教委の定例会を開いて、六人の教育委員の全会一致で決めたというのだ。

八月九日

　この暴挙に対して、県内外の各団体は怒りをもって抗議行動に立ち上がった。
　�新しい教科書と教育を考える市民ネットワークえひめ�のメンバーも九日、抗議行動に立ち上がった。午後三時、県教育長に抗議に行くと、教育長は不在で障害児教育課長が応対に出てきた。
　私たちは採択を決定した教育長に面会を要求し粘り強く交渉し、ついにその日の夜七時三十分から、教育長と面談する確約を取った。採択撤回へ向けて、第一の扉が開かれたのである。
　夜の交渉では、その日抗議に来たものの教育長に会えなかった他の団体も情報を伝え聞き、昼間の倍以上の約六十人が集まった。集まったのは教科書ネットのほか日本コリア協会、県教組、障害者支援センター、広範な国民連合・愛媛、止めよう戦争への道百万人署名運動愛媛県連絡会議、その他多くの市民であった。
　集まった市民たちは口々になぜ養護学校で�つくる会�教科書を採択したのか、教育的配慮などなく、きわめて政治的意図をもった暴挙だ、採択を撤回せよと県教育長に詰め寄った。交渉は週明けの十三日午前十時半から再度もたれることになった。
　教科書ネットのメンバーは十日、金曜日のうちにビラの郵送、ＦＡＸ、メール、電話などで十三日の動員を準備した。

八月十三日

　当日はマスコミの情報などもあり、倍以上の百七十人が県教育委員室を埋めた。
　教育長が�つくる会�の歴史教科書を採択した最大の理由は、学習指導要領の�わが国の文化と伝統の特色を広い視野に立って考えさせると共に、わが国の歴史に対する愛情を深め、国民としての自覚を育てる�という一点であった。
　この見解に対し、�つくる会�教科書のどの点が�わが国の歴史に対する愛情を深めるよい教科書である�と思ったのか、一カ所でよいからあげてほしい、という質問に答えられなかった。また、養護学校のための学習指導要領があるが、この指導要領のどの点にそって採択を決定したのかという質問に対して、指導要領の存在さえも知らなかった。また、なぜ養護学校にかという質問に対して�養護学校を標的にしたのではなく、県教委の権限でできるのは養護学校だけだったので結果としてそうなった。私が市町村立中学校の決定権をもっていれば県下全域で『つくる会』の教科書を採択していただろう�と暴言を吐いた。
　参加した障害者は�戦争になれば一番に障害者が犠牲になる、また戦争は多くの障害者を生み出す。戦争には絶対反対だし、障害者の通う学校に戦争賛美の教科書を採用することは絶対反対だ�と訴えた。
　市民の意見を聞きおくだけでその場を終わらせようとした教育長に対し、市民団体のメンバーたちは体を張って教育長と交渉し、次回十五日に他の教育委員出席の下で再度話し合いをもつことを約束させ、七時間におよぶその日の交渉を終えた。

八月十五日

　教科書採択結果を文部科学省に報告する期限の八月十五日、三度目の交渉が教育委員六人のうち五人の参加のもと、午後二時より開かれた。県庁には、私たちからの連絡やテレビ、新聞で知った人たち二百五十人が詰めかけた。
　話し合いは一時間半、発言者三十人と限定されていた。私たちは論点を整理し、�つくる会�教科書のどの点が優れていて、他の教科書のどこがいけなかったのかを教育長はじめ各教育委員に回答を求めていた。養護学校の歴代のＰＴＡ役員三十三人は前日県教委に採択撤回を求めていた。
　参加者みんなが県教育委員の納得のいく返答を待っていた。だが私たちの期待は無残にも打ち砕かれた。
　話し合いが始まって一時間三十五分が経過した三時三十五分。吉野内教育長は立ち上がり、それを合図に四人の教育委員はいっせいに席を立った。彼らは別室への隠し扉から出て行き、別室の扉の奥には衛視たちが隠されていた。入り口は県職員がドアを閉めた。テレビカメラが殺到した。会場には市民二百五十人が七分間閉じ込められた。
　私たちは教育委員の面々がこそこそと逃げていくのを半ば哀れみの気持ちで見ていた。県教委はその四十五分後、文部科学省に採択結果を報告した。愛媛県立養護学校歴史教科書、扶桑社版五冊と。

八月十六日

　翌日、私たちは県教育長、教育委員長に抗議文を手渡した。

闘いの中から知恵がわく

　文部省出身の加戸愛媛県知事は、扶桑社の歴史教科所がベストであると採択前に県教育長に意見を述べたこと、再来年から始まる中高一貫学校にも扶桑社の教科書を採用するのがよい、などと述べています。
　この夏の私たちの闘いは、短期間で多くの県民が立ち上がり、今まで知らなかった人たちとの出会いをつくってくれました。結果的には扶桑社の教科書採択を撤回させることができませんでしたが、県教委のぶざまな正体を白日の下に暴き出しました。
　私たちの闘いに自信と感動を覚えた人たちが多数存在すること、そして教科書問題の背後にある政府文部省、自民党、右翼一体となった凶悪なもくろみを県民に警鐘と共に明らかにできたこと、�つくる会�教科書に対して広い範囲の県民から疑問と批判が広がっていることなど、闘いはある意味で勝利したといえると思います。
　しかし闘いは、第一ステージが終わっただけです。教訓を汲み取り、決意を固め、闘いを継続し、組織していきたいと思っています。�つくる会�は決して自分たちの意図をあきらめてはいないのですから。
　振り返ってみれば、今年の二月、広範な国民連合が発行した�日本の進路�教科書特集号をもって有志に語りかけ、市民運動の活動家と共に�新しい教科書と教育を考える市民ネットワークえひめ�を立ち上げ、四月の講演会。
　六月の議会への請願、陳情、要請活動。七月の�日韓のつどい�。全国の仲間と情報交換、ＦＡＸ攻勢による採択阻止運動。そして八月の採択撤回闘争と、走りながら考えて、市民運動の仲間と共に運動の一端を微力ながら担えたことに、いくぶん確信を深めています。
　八月のきらめきの前には、前もっての準備期間、組織化と学習の期間があったことを言っておきたい。そして八月の八日間はその幾倍かの組織化と学習の機会であったことも。全国の読者の皆さん、闘いを組織しましょう。そこにしか活路はなく、そこからしか知恵はわいてこない。共にがんばりましょう。（八月二十日記）

�つくる会�教科書をめぐる闘い
愛媛が燃えた８日間の記録

短期間に広がった抗議行動



			20010825 �つくる会�教科書をめぐる闘い愛媛が燃えた８日間の記録短期間に広がった抗議行動愛媛　武田正光

		八月八日午後一時過ぎ、愛媛県教育長吉野内直光、教育委員長土居俊夫ほか四人の教育委員たちは突如、愛媛県立養護学校十三校のうち五校ー肢体不自由二校、病弱一校、聾（ろう）学校二校、松山聾、宇和聾ーの中学校歴史教科書に扶桑社の歴史教科書を採択すると、記者会見で発表した。八日の午前中に県教委の定例会を開いて、六人の教育委員の全会一致で決めたというのだ。八月九日　この暴挙に対して、県内外の各団体は怒りをもって抗議行動に立ち上がった。　�新しい教科書と教育を考える市民ネットワークえひめ�のメンバーも九日、抗議行動に立ち上がった。午後三時、県教育長に抗議に行くと、教育長は不在で障害児教育課長が応対に出てきた。　私たちは採択を決定した教育長に面会を要求し粘り強く交渉し、ついにその日の夜七時三十分から、教育長と面談する確約を取った。採択撤回へ向けて、第一の扉が開かれたのである。　夜の交渉では、その日抗議に来たものの教育長に会えなかった他の団体も情報を伝え聞き、昼間の倍以上の約六十人が集まった。集まったのは教科書ネットのほか日本コリア協会、県教組、障害者支援センター、広範な国民連合・愛媛、止めよう戦争への道百万人署名運動愛媛県連絡会議、その他多くの市民であった。　集まった市民たちは口々になぜ養護学校で�つくる会�教科書を採択したのか、教育的配慮などなく、きわめて政治的意図をもった暴挙だ、採択を撤回せよと県教育長に詰め寄った。交渉は週明けの十三日午前十時半から再度もたれることになった。　教科書ネットのメンバーは十日、金曜日のうちにビラの郵送、ＦＡＸ、メール、電話などで十三日の動員を準備した。八月十三日　当日はマスコミの情報などもあり、倍以上の百七十人が県教育委員室を埋めた。　教育長が�つくる会�の歴史教科書を採択した最大の理由は、学習指導要領の�わが国の文化と伝統の特色を広い視野に立って考えさせると共に、わが国の歴史に対する愛情を深め、国民としての自覚を育てる�という一点であった。　この見解に対し、�つくる会�教科書のどの点が�わが国の歴史に対する愛情を深めるよい教科書である�と思ったのか、一カ所でよいからあげてほしい、という質問に答えられなかった。また、養護学校のための学習指導要領があるが、この指導要領のどの点にそって採択を決定したのかという質問に対して、指導要領の存在さえも知らなかった。また、なぜ養護学校にかという質問に対して�養護学校を標的にしたのではなく、県教委の権限でできるのは養護学校だけだったので結果としてそうなった。私が市町村立中学校の決定権をもっていれば県下全域で『つくる会』の教科書を採択していただろう�と暴言を吐いた。　参加した障害者は�戦争になれば一番に障害者が犠牲になる、また戦争は多くの障害者を生み出す。戦争には絶対反対だし、障害者の通う学校に戦争賛美の教科書を採用することは絶対反対だ�と訴えた。　市民の意見を聞きおくだけでその場を終わらせようとした教育長に対し、市民団体のメンバーたちは体を張って教育長と交渉し、次回十五日に他の教育委員出席の下で再度話し合いをもつことを約束させ、七時間におよぶその日の交渉を終えた。八月十五日　教科書採択結果を文部科学省に報告する期限の八月十五日、三度目の交渉が教育委員六人のうち五人の参加のもと、午後二時より開かれた。県庁には、私たちからの連絡やテレビ、新聞で知った人たち二百五十人が詰めかけた。　話し合いは一時間半、発言者三十人と限定されていた。私たちは論点を整理し、�つくる会�教科書のどの点が優れていて、他の教科書のどこがいけなかったのかを教育長はじめ各教育委員に回答を求めていた。養護学校の歴代のＰＴＡ役員三十三人は前日県教委に採択撤回を求めていた。　参加者みんなが県教育委員の納得のいく返答を待っていた。だが私たちの期待は無残にも打ち砕かれた。　話し合いが始まって一時間三十五分が経過した三時三十五分。吉野内教育長は立ち上がり、それを合図に四人の教育委員はいっせいに席を立った。彼らは別室への隠し扉から出て行き、別室の扉の奥には衛視たちが隠されていた。入り口は県職員がドアを閉めた。テレビカメラが殺到した。会場には市民二百五十人が七分間閉じ込められた。　私たちは教育委員の面々がこそこそと逃げていくのを半ば哀れみの気持ちで見ていた。県教委はその四十五分後、文部科学省に採択結果を報告した。愛媛県立養護学校歴史教科書、扶桑社版五冊と。八月十六日　翌日、私たちは県教育長、教育委員長に抗議文を手渡した。闘いの中から知恵がわく　文部省出身の加戸愛媛県知事は、扶桑社の歴史教科所がベストであると採択前に県教育長に意見を述べたこと、再来年から始まる中高一貫学校にも扶桑社の教科書を採用するのがよい、などと述べています。　この夏の私たちの闘いは、短期間で多くの県民が立ち上がり、今まで知らなかった人たちとの出会いをつくってくれました。結果的には扶桑社の教科書採択を撤回させることができませんでしたが、県教委のぶざまな正体を白日の下に暴き出しました。　私たちの闘いに自信と感動を覚えた人たちが多数存在すること、そして教科書問題の背後にある政府文部省、自民党、右翼一体となった凶悪なもくろみを県民に警鐘と共に明らかにできたこと、�つくる会�教科書に対して広い範囲の県民から疑問と批判が広がっていることなど、闘いはある意味で勝利したといえると思います。　しかし闘いは、第一ステージが終わっただけです。教訓を汲み取り、決意を固め、闘いを継続し、組織していきたいと思っています。�つくる会�は決して自分たちの意図をあきらめてはいないのですから。　振り返ってみれば、今年の二月、広範な国民連合が発行した�日本の進路�教科書特集号をもって有志に語りかけ、市民運動の活動家と共に�新しい教科書と教育を考える市民ネットワークえひめ�を立ち上げ、四月の講演会。　六月の議会への請願、陳情、要請活動。七月の�日韓のつどい�。全国の仲間と情報交換、ＦＡＸ攻勢による採択阻止運動。そして八月の採択撤回闘争と、走りながら考えて、市民運動の仲間と共に運動の一端を微力ながら担えたことに、いくぶん確信を深めています。　八月のきらめきの前には、前もっての準備期間、組織化と学習の期間があったことを言っておきたい。そして八月の八日間はその幾倍かの組織化と学習の機会であったことも。全国の読者の皆さん、闘いを組織しましょう。そこにしか活路はなく、そこからしか知恵はわいてこない。共にがんばりましょう。（八月二十日記）ページの先頭へ

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短期間に広がった抗議行動

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