20010705

わが町の行動するPTA
OBが精力的に集会や請願

扶桑社の教科書に異議あり

地区PTA前会長 曽根田 信也


 二十歳代から五十歳代くらいの働き盛りのお父さん、お母さん。皆さんは子供の通う学校のPTA活動に参加していますか。
 最近、子供にかかわる凶悪犯罪や、学校の抱えている問題などが取り上げられることが多くなっています。そして、こういう事象に学校だけの力で対応することはもう無理であるということも、はっきりしてきました。
 地域のあり方、家庭の関与の大切さが、行政の側からも明確に望まれるようになってきたのです。つまりPTAの役割は「こういうご時世」の中で、以前より大きくなっているはずなのです。
 しかし、どこの学校でもPTAの役員のなり手を見つけるのは、以前よりはるかに苦労するようになってきています。生活に余裕がなくなってきたことなど、原因はいろいろありますが、私たち役員経験者から見ると、この「ボランティア」ばやりの昨今、究極のボランティアのPTAをなぜみんな敬遠するのかと、いつも考えさせられています。
 実際のところ、大半の学校ではPTA活動は形骸化しているといってもいいような状況なのです。教頭がPTAの実務を代行したり、まともな議案書がなかったり、地域の名士の名誉職になっていたり、教育委員会の手先として教師の監視を行ったり・・。
 私たちの地域では、長年、PTAが自主性を保って、自分たちでその時々にもっとも必要な活動方針を定めて行動するスタイルを受け継いできています。保護者の中には当然いろいろな意見がありますので、PTAがまともに自主的、民主的に議論をして活動方針を決めようとすれば大変な労力と精神力を必要とします。ときには一生懸命やっているのに裏でボロクソに言われることもあるわけで、「やってられるか!」と怒鳴りたくなることもあります。
 PTAが教師と保護者の組織として「行政から独立して」(社会教育法にそう書いてある)子供たちのために、教育条件の改善のために、そして親の啓発のために活動するのはとても大変なことなのです。
 幸いなことに私たちのところでは、歴代そういうしんどいPTA活動を引き継いできています。これが、学校や教育委員会のお気に召さないようで、すいぶんいろいろな制約を課されてきました。「政治的中立」「運動団体ではない」などの理由で、いくつかの活動計画が中止に追い込まれたり変更させられたり、ということが近年増えています。
  発行文書にしても、市の「文書公開条例」を利用して、すべて事前チェックを受けなければなりません。発行不能になった本部便りもありました。「情報公開制度」は外向きの話で、本質は「検閲強化制度」だと思っています。
 個人的なことで言いますと、私は入学式や卒業式でいつも来賓席で「君が代」斉唱の時に座っていましたが、今年は立たざるを得ない状況に追い込まれました。「説を通して式に欠席する」か、「卒業生たちに祝辞を述べる」か、選択を迫られたわけです。
 わが町の中学校のPTA本部役員たちは集まると「こんなにまじめに学校に協力していろいろやってるのに、なんでこんな仕打ちを受けんといかんのや」といつも愚痴を言い合っています。

歴代会長が呼びかけて集会

 さて、そういう雰囲気の中に今回、扶桑社が発行する「新しい歴史教科書」の採択問題が持ち込まれてきました。教科書の問題ですから、これをPTAが自らにかかわりのある課題として考えるのは当然なはず、ですが、もはやそういうことについて自由闊達(かったつ)な議論ができない状況になっています。
 そこで、多少変化球ですが、歴代の小中学校PTA会長経験者ら三十人近くが呼びかけて、「教科書を考えるつどい」をもちました。そしていま、「考える会」の組織化、教育委員会への請願など、遅ればせながらですが精力的に取り組みを開始しています。
 教科書の問題では、全国的にPTAが取り組んだのはほとんど聞きません。ローカルにはあるかもしれないのですが、歴史教育者協議会の先生に聞いても知らないと言っています。私はOBですが、直前役員の人脈を生かして現役の人たちにこの問題を考えてもらうようにしていくつもりです。私たちが受けてきた仕打ちと、扶桑社の教科書に盛り込まれた思想とが非常にだぶって見えるものですから。

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