20010615

映画紹介
監督・降旗 康男「ホタル」

戦争犠牲者の無念描く


 太平洋戦争を経験した人びとが、どのような思いで戦後を生きてきたのか、その痛みをかいま見せてくれる作品だ。
 舞台は鹿児島県知覧。ここは戦争中、神風特攻隊の出撃基地となった場所だ。特攻隊員だった山岡(高倉健)は、桜島が見える海で漁業を営んでいる。妻の知子(田中裕子)は病身で腎臓透析を受けている。
 ある日、山岡は富子(奈良岡朋子)から相談を受ける。富子は特攻隊員から「知覧の母」と慕われていた宿屋の女将(おかみ)だ。山岡の上官だった金山少尉の遺族がみつかったので、遺品を届けてほしいというのだ。金山少尉は朝鮮人で、本名はキム・ソンジェという。彼は知子の婚約者でもあった。山岡は悩んだ末、心にしまっていたキム・ソンジェの遺言を伝えるために、知子といっしょに韓国を訪ねた。

*       *

 映画で印象に残ったのは、韓国の遺族を訪ねるシーンだ。このロケは実際に韓国の農村で行われた。山岡夫婦を出迎えた遺族たちは、山岡を激しくののしり、「キム・ソンジェが大日本帝国のために神風で死んだとは信じない。日本からは何一つ連絡もない。さっさと帰ってくれ」と叫ぶ。
 植民地支配への怒り、日本のために殺された朝鮮人の怨念(おんねん)があふれ出したような、緊迫感のあるシーンだ。その迫力は、韓国の俳優たちの演技を超えた、現実の怒りのように見えた。
 山岡はキム・ソンジェの遺言を伝える。それは、「私は大日本帝国のために死ぬのではない。朝鮮の家族と知子を守るために死んでいく。朝鮮民族万歳!」という民族の誇りにあふれた言葉と、「骨になったら海を渡りオモニ(母)に会って話したい」という「アリランの歌」だった。
 特攻隊の多くは学徒動員の若者だった。若者たちは悩み苦しみ、そして死んでいった。「ホタル」という題名は、「死んだらホタルになって必ず帰る」と言い残した青年の無念の思いからとったものだ。富子は当時を振り返り、「自分の子供なら、どうやっても出撃させなかったに違いない。それを私は笑顔で送り出してしまった」と、泣きくずれる。
 また、映画には昭和天皇のあとを追って自殺した元特攻隊員も登場する。生き残ったことに罪悪感をもって生きなければならなかった戦後とは、何だったのか。国家として戦争責任を明確にしてこなかったことから生まれた、悲劇のように思われる。
 高倉健をはじめ、戦争を体験した最後の世代ともいえる映画人たちが中心になってつくりあげた作品であり、その意気込みも伝わってくる。 
 映画では十分に描写されていないが、あの侵略戦争は何だったのか、韓国の遺族たちの怒りの激しさの背景にあるものは何なのか。これからも日本人が問い続けなければならないテーマだ。
 日本軍国主義が引き起こした侵略戦争によって、アジアで何千万人もの命が奪われ、日本人も犠牲になった。
 その人びとの無念さを永遠に忘れてはならないことを、静かに訴えかける作品だ。(U)

全国各地の東映系劇場で上映中

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