20010315

日本アジアの街角から(3)

香港流「高年労働力」の生かし方

海援隊(海外展開企業等を支援するネットワーク組織隊)
代表幹事 牟田口 雄彦


 ある日、香港特別行政区政府投資工業署を訪れたとき、同伴の日本のベンチャー企業の福祉ホーム経営者が、署長に香港の老人問題をたずねた。すると、その署長が怪訝(けげん)な顔で「特に問題はありません」と答えた。
 老人とは、日本では、年金をもらう、つまり、労働力外の六十五歳以上の人をいうのが通例である。この考え方そのものが、香港ではナンセンスであり、香港では、働ける人、働きたい人が働き、その年齢は無制限なのである。
 所得税一五%の香港は、いわば強者の論理をとる。勝ち組には、富が蓄積するが、負け組には富は蓄積しない。ただ、単純な論理、それだけのことである。勝ち組も負け組も体力のある限り、働き続けることには違いがない。
 両者とも体力が勝負である。香港の街角では、太極拳や気功で自前で体力をつける姿が目立つ。健康保険制度、福祉制度が皆無といってよい香港では、いわゆるプライマリー・ヘルスケア(初歩的な健康管理)が徹底している。
 そして、香港の人は、稼いだお金を自己責任で運用する。日本の郵便貯金のようにその運用を政府に頼まない。巨大組織の運営コストがないせいか、金利は五〜六%そして無課税である。また、香港政府は借金なし。日本政府は、国、地方あわせて六百六十兆円の借金である。どちらの地域の国民が、人生にとってリスクが高かったのか、その結果は近いうちに出そうである。
 星井勝さん(六十八歳)、日本の電線メーカーの香港現地社長を六十五歳まで勤め、定年で日本へ帰国して、妻とともに余生を送っていた。しかし、日々が何か物足らなく、むなしく過ぎていき、ついには、体調まで崩れはじめた。
 これではいかんと香港流に考えて、もう一度求人活動をしたところ、香港や中国深センで日系進出企業を支援しているテクノセンターに就職口があった。日本の経営や技術のノウハウをもった人材、特に年金生活者は大歓迎であるという。
 赴任して二年、体調ももどり、テクノセンターとしてもなくてはならぬ人材となっている。いま、星井さんは、二十歳前後の女性従業員、数千人が働く日系企業二十七社の工場の間を駆け回り、生産管理などの仕事を精力的にこなすとともに、香港、深セン、日本の間を飛び回る充実した日々を送っている。
 香港の街角から日本を見たとき、人間を機械的に年齢で区切り、官僚がつくった統計数字処理型制度の空虚さが見えてくる。また、老人を一族の功労者として、たたえて支える香港の伝統的な福祉と介護保険法の下で老若の軋轢(あつれき)の高まる日本の近代的といわれる福祉制度の差がみえてくる。
 それは、香港と日本の高齢者の心の満足度の差になっている。家族のために、自分のために体力の続く限り、働き続けるという、労働感とそれを支える社会の仕組みが、世代を超えて香港の人びとには、支持されているように見える。