20000415


介護保険料負担が重荷

利用者に大きな不安

ホームヘルパー 野上 あゆみ


  小渕首相の突然の病気退陣で、影がうすくなりましたが、介護保険制度が四月一日からスタートしました。さまざまな問題が指摘され、迷走していたこの制度も、問題点は未解決のままの出発です。
 新聞でも報道されているように、一週間で千五百件を越える苦情が厚生省や行政機関に寄せられています。自治体の担当者は「とにかく始めてみないと問題が浮き彫りにならない」と無責任にも居直っています。
 この制度は介護という、生身の人間を対象にする制度であり、現場の実態を掌握していなければ、とんでもないことになってしまいます。
 私は、この数年ヘルパーの仕事にかかわってきました。介護を受ける人たちにはそれぞれの個性もあり、個人差があることは当然ですから、そうしたことに適切に対応するヘルパーの仕事は大変です。
 それにしても、これまで受けてきたサービスが、この制度の導入によって大きく変わるために、サービスを受ける側の人たちには大きな不安があります。また、しくみが変わることで経営として成り立たないことなど、この仕事に携わる人たちの中でも混乱があり、毎日がそういう話でもちきりです。
 一方で、介護保険料のことも、大きな問題になっています。先日も、他の町に住む年配の方がたと介護保険の話になりましたが、町の説明会に参加した時に、「六十歳を過ぎてリストラで働く職場がなくなった。収入がなければ介護保険料は払えない。どうすればよいのか」という切実な質問が出されたそうです。
 説明会では、行政の担当者がいろいろ説明をしたそうですが、「結局、息をしている間は保険料をとられる。小渕さんもそうだろう」「年金から保険料が天引きされるけど、ドロボウされているのと同じだ」などと、説明会の帰りに参加した人たちと話になったそうです。
 銀行には「公的支援」として何兆円ものばく大な財政が投入されていますが、生活に苦しむ私たちには公的支援はないのでしょうか。
 介護保険制度を支える庶民の生活実態からみれば、介護保険料負担は、毎日の生活にかかわる大変な問題です。
 この介護保険制度も、結局のところ大多数の庶民の側にツケや犠牲をまわすものです。監視の目を緩めず、不備な点は大胆に変更させるような、国民的運動の必要を感じます。 


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