20000225


インタビュー
「満州国」の真実を写真で追う

写真家 新井利男さん


 写真家の新井利男氏が二月八日から十四日まで東京・銀座で、写真展「あゝ満州 その国つくり五十五年目の証言」を開いた。「九・一八事件」「満州国建国」「三光作戦」「南京大虐殺」「七三一部隊」「ノモンハン」「慰安婦」「撫順戦犯管理所」などをテーマに展示された写真は、日本が中国を侵略して行った数々の戦争犯罪を厳しく告発している。また、野ざらしの日本兵の朽ちた鉄かぶとの写真からは「あの戦争は何だったのか」との悲痛な叫びが聞こえてくるようだ。新井利男さんに写真展に込めた思いを聞いた。


●社会性のあるテーマを追求

 私は十九から二十歳の一年間、結核で療養しました。その時に見た写真集に衝撃を受けました。それは土門拳の「筑豊の子どもたち」です。すぐに写真家になりたいと思いました。
 退院してから、昼間はシチズン時計という会社に勤めていましたから、夜、写真学校に行って写真を始めたんです。社会性のあるテーマで写真をやりたいと思ったんですね。
 私は写真家ですから、映像の力を一番大事にしています。人間はまず感覚からものを受け入れる。食べ物の場合、まず味覚がはたらく。食べておいしい、この素材は何だろうということで、後でその内容を知る。音楽もいい曲だなと聴覚がはたらき、何という曲で誰が作曲してどういうテーマなのかは後で追求していくものです。映像もまず視覚にうったえ、それから後、この人は誰だろう、この写真は何を言おうとしているのかを理解してもらうのです。
 
●近代日本の姿が見えてくる

 前回の個展では、中国残留孤児問題をテーマにしました。八一年から訪日する孤児の写真を撮る中で、この人たちは戦後どのように生きてきたんだろう、そのことを知りたくて、中国へ行ったんです。残留孤児を訪ねる中で、万人坑とか戦争被害者があちこちにいることを知り、取材するようになりました。
 戦争に直接かかわった人は少なくなってきています。日本だってそうです。取材では、日本兵に強姦(ごうかん)された人たちを取材するのが非常につらかったですね。もちろん、傷を負った人の取材もたいへんでしたが、彼らはむしろ「日本人に伝えてくれ」ということを堂々と言ってくれた。
 しかし少女期に強姦された女性たちは、今日まで苦しんできた。被害者であってもまわりの村人たちが「汚れたもの」とさげすみ、理解してくれない社会事情などあって、今まで話してこなかった。家族にもまだきちんとした形で言っていないのに、家族がそばにいる中で話しにくかったと思ったし、こちらも聞きにくかった。気の毒でつらい時間だったですね。
 私はこれまで日系カナダ人やアイヌ民族の問題に取り組んできましたが、その中で近代日本が歩いてきた道、日本という国が見えてきました。近代日本がつくられていく過程で形成されていった日本人の精神構造とか日本の構造、そういったものを考えていきたい。
 今後は、中国の変わりようを撮っていきたいと思っています。国の変わり目の時には、いろんな弊害も当然出てくるわけです。裕福になる人もいるし、貧しさはそのままの人もいる。この新しい国に生まれ変わる時の苦悩、混乱などそういうものを中国の中で見ていきたいと思っています。

●反響よんだ写真展

 今回の写真展の表題は、岸信介が六五年に出した「あゝ満州」という本からとりました。この本を読んでみると、私が取材した満州とは全然違う。歴史的事実を語っていないと思いました。けれども、満州を語っているたくさんの本は、岸の書いた満州と同じなんです。だから、これを表題にして、岸たちの言っていることが事実と思っている人たちにできるだけ来ていただいて、実態はどうだったのかということを、もういっぺんじっくり見てもらいたい、考えてもらいたい。そのような思いで表題を「あゝ満州」とつけたわけです。
 写真展には、日本の進めた戦争を賛美する人や、教育勅語をもう一度やれという女性が来たりもしました。彼らは戦争で起きた事実をみようとしない、人の話を聞かない、自分たち日本民族に都合のよい話ばかりして帰りましたね。
 でも、若い人もずいぶん見に来てくれました。見て感動したという人もいましたし、このような歴史がよくわからないという人もいました。これをきっかけにして、中国に行ってみたいという人もいましたので、写真展を開催してよかったと思っています。
 この写真展を全国でやってみたいですね。貸し出しますので、ぜひ各地で取り組んでいただければうれしいです。


プロフィール  あらい としお
1941年 東京生まれ
1986年 日本写真協会新人賞
1988年 第2回アートディレクターズクラ   ブ“Merit Award”受賞(於ニューヨーク)
1992年「もうひとつの日本」日本報道写真家  集団展(於ベルリン)
1998年 平和・共同ジャーナリスト基金賞 
「侵略の証言」共編(岩波書店)など著書多数 


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