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中小企業基本法「改正」に問題あり

創業支援より苦境打開策を

千葉商科大学教授 伊藤 公一氏に聞く


 小渕政権は、十月二十九日からの臨時国会を「中小企業国会」と名付け、中小企業活性化のための諸施策を行うと、鳴り物入りで宣伝している。しかし、その「目玉」として中小企業政策審議会が答申した中小企業基本法の「改正」案は、一部のベンチャー、創業を支援する一方、大部分の中小零細企業を切り捨てるものである。すでに多くの中小商工団体が、本案に対して不安、不満を表明している。中小企業基本法「改正」の問題点などについて、伊藤公一・千葉商科大学教授に聞いた。


 今回の中小企業基本法の「改正」、見直し案のポイントになっている中小企業の範囲の拡大では、相当範囲が広がった。製造業では資本金一億円以下が三億円以下に、卸売業では三千万円以下が一億円以下に、小売業・サービス業で一千万円以下が五千万円以下に、また、サービス業では従業員五十人以下が百人以下となる。
 まず、政府が範囲を引き上げなければならない理由としてあげているのは、中小企業基本法ができてから相当に年数がたち、中小企業自身も資本金を増やしたりしているので「実情にそぐわない」というものだ。
 だが、中小企業の実態からすれば、とくに小売業・サービス業で資本金規模が五千万円規模のものが、果たして中小企業か。五千万円ギリギリも中小企業だ。
 とくに小売りやサービスは零細企業が多く、この基準では業界のイメージでは中小企業とはいえないものまでが入ってしまう。これが果たして妥当かどうか。

大企業系列にも厚い恩恵が

 一番の問題は、基準に資本金と従業員数の二つしかなく、非常にキメが粗いということだ。
 サービス業などはひとくくりになっているが、実態は非常に多様だ。もっと業種別に中小企業の規模を変えてみてもよいのではないか。人口規模の違う地域によって適用規模を変えてもよい。旧来の粗っぽさをそのまま引き継ぎ、基準を引き上げるだけというのは芸がなさすぎる。
 二つ目は、中小企業の独立性の問題だ。独立したものなら中小企業の名に値するが、大企業の子会社や分社化による企業、こういうものも、現行の定義では中小企業の範囲に入り、政策の恩恵を受けてしまう。
 いま、大企業は社外ベンチャーやダウンサイジング(経営の減量・効率化)を行っている。極端に言えば、大企業が従来の大組織ではダメだということで、意識的、戦略的に中小企業をつくり出しているという側面がある。これらの会社は、たしかに規模としては中小だが、大企業のテストプラントのためのベンチャーや、大企業の効率性追求のためのものだ。
 米国、英国の場合は、日本よりもはるかに中小企業対策のキメが細かい。米国や英国などでは、企業の独立性を重視している。外国がやっているのだから、日本がキメの細かいことをできないわけがない。資本関係や役員の関係で、大企業傘下でないという項目を入れるべきだ。
 中小企業の範囲を広げることで、独立中小企業への恩恵が薄くなるのは問題だ。

「切り捨て」と業者は受け取る

 ベンチャー、創業支援の問題だが、たしかに日本は開業率がどんどん落ちていて、廃業率の方が高くなってきている。創業を支援するというのは、決して反対すべきことではない。
 しかし、創業を活発にするというのは、本来、国の産業政策の範疇(はんちゅう)だ。最初は中小企業として開業するにしても、創業支援が中小企業政策の中心にすわるのには、疑問を感じる。
 既存の中小企業が放っておいても問題ない状況かというと、長引く不況で、圧倒的多数の中小企業は非常に苦しい状況にある。確かに貸し渋り対策などは打たれているが、中小企業は営業収益も悪く、投資意欲も低い。しかも人減らしで、失業者が増大している。
 既存の中小企業が不況にあえいでいる中で、「産めよ増やせよ」というのが中小企業政策の中心になるのはいかがなものか。この不況を脱するまでは、現在の中小企業の問題が深刻化しないように、政策の焦点はそのための処置におくべきだ。既存の中小企業の苦境を救い、時代環境に合うように経営のレベルアップをするのが政策の本流だ。
 今回の「改正」案は、中小企業政策の主眼が創業支援におかれているような「誤解」を与えるのではないか。国には既存の中小企業を切り捨てる意識はないだろうが、ベンチャー支援、創業支援となると、多くの中小企業が「切り捨て」と受け取るのは当然だ。実際、当然と思わせるだけの内容とうたい文句になっている。先端技術を売りにものにする中小企業や大企業の分社化などを支援することが政策の重点になれば、限られた予算がそちらにさかれ、そうでないものが置き去りにされることが十分ありうる。
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 相続税減税の問題だが、地価はバブル崩壊で下落しているのに、それに対応した相続税評価額になっておらず、割高になっているのが問題だ。行政がもっと現実の地価に対応した評価をすべきだ。
 しかし、中小企業だけに軽減するのは事業者優遇になってしまい、一般国民とのバランスの問題が出てくる。相続税については、施設・機械設備への評価を軽減するなどの策をとるべきだろう。事業用資産についてはきちんとした指標をつくり、納得できる相続税軽減を行うべきだ。


1940年生まれ。63年一橋大学卒。米ミシガン大大学院留学。78年千葉商科大学助教授、85年より現職。青山学院大学経営学科講師を兼任。専門は中小企業論、商業政策。


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