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検証!労働者派遣法「改正」

安上がりの派遣労働者が激増

中央大学教授・角田 邦重 氏に聞く




 六月三十日、労働者派遣法、職業安定法の改悪案が成立した。昨年の労働基準法改悪以来、労働法制の規制緩和が相ついで強行された。これらは世界競争で勝ち残るために、雇用の流動化を促し、労働コストを大幅に切り下げたいとの大企業の要請にこたえるものである。この問題について連合要求実現「応援団」代表世話人で、中央大学教授の角田邦重氏に聞いた。


◆労働者派遣法が「改正」されましたが。

角田 基本的には派遣労働者の活用に思い切って道を開こうというものである。

 改正点の第一は、今まで専門性の高い二十六業務に限られていた派遣労働を基本的には自由化するというものである。「臨時的例外的な仕事」に限って派遣労働を活用することを認める、という趣旨から新たに拡大された単純業務の派遣期間は一年間に限られている。これは、同一就業場所の同一業務に一年間までという意味であり、別の派遣労働者に入れ替えれば一年を超えてもよいという意味ではない。

 もし一年を過ぎたらどうなるかというと、労働者が希望する場合には派遣先に対して労働大臣が雇い入れるように勧告することができる。同時に派遣元に対しては罰則をつける。派遣先は法的義務づけはなく、企業名を公表することができる。これだけで「臨時的例外的」な場合だけに限られるのか、これで十分な歯止めなのか、これが今回の法改正の最大の問題だ。

 それでもすでに、「何で一年に限るんだ、これでは非常にやりにくい」という産業界、企業側の批判の声があがっている。臨時的例外的な場合に限るという法律の趣旨と、正規雇用を派遣労働におきかえることを意図していた企業側、産業界の期待感との違いが早くも露呈したものだ。

 いったい同一就業場所の同一業務を何ではかるのか、法律には何も書いていない。業務の範囲を小さくしておいて、もう一度別のところに移動させるとか、あるいはいったん仕事を辞めさせて、一定のクーリング・オフ(契約解除)期間をおいてまた同じ仕事に返す、これはあり得ることだと思う。

 一年間という臨時的例外的労働に限定されるため、不安定雇用を生み出すことになりかねない。そこで労働側は新しく拡大された派遣労働の分野については登録型を禁止し、常用雇用型だけにしてもらいたい、と最後まで要求したが受け入れられなかった。常用雇用への代替という事態に歯止めがかかるかどうか懸念されるところだ。

 一般的な影響を考えてみると、派遣労働者が単純労働の分野に拡大するわけだから、派遣労働者の労働条件は低下するだろう、これは疑いようのない事実だ。

 派遣労働を利用する理由を聞いたアンケートの結果があるが、一つは一時的に専門職の力を借りたい、という理由。もう一つは人件費の節約になるからだ、という理由がある。最近の不況の中で、後者の理由が前者を上回っているという東京都の調査があるが、もっと広がるに違いない。

 そうなると派遣労働者に対する保護規定が問題なるが、例えばプライバシーの保護規定が入ったし、セクハラの防止義務にかんしても見なし規定で派遣先企業も負うようになった。また社会保険、労働保険の加入の促進。これも入っているかどうかを確認しなければならないし、派遣契約を途中で解約をする場合、三十日の解雇予告手当相当額を支払わなければならなくなった。

 派遣法が制定されてから十二、三年になるが、今まで問題だといわれているところに、十分ではないが、一定の歯止めが入った。だが、全体として見ればとりわけ権利や保護の十分でない安上がりの派遣労働者群が登場することになるだろう。

 もう一つつけ加えておきたいのは、大学や高校を出たばかりの新卒者を最初派遣労働で派遣して気に入ったら正規で雇っていただけませんか、という試用期間を一年に延長するような機能、これも危ぐされる。

◆労働法制全体の見直しが行われていますが。

角田 日本的な労働慣行―今では悪口の対象になっている終身雇用、年功制、企業別組合の三点セット―は今や時代遅れで、これを変えなければならないといわれている。

 いろんな要因があると思うが、一つは日本の労働法がモデルにしてきたヨーロッパ型、中でもドイツ型から米国型への転換がある。

 その背景は、今までは人材を終身雇用の中で育ててきたが、生産拠点として東南アジアを見直す日本企業の多国籍企業化が進行している。どこでつくったらよいのか企業は自由に選択できるようになった。これが一番大きな要因だと思う。

 また規制緩和の流れの中で、これまでの「使用者の優越的な力の行使から労働者を守らなければならない」という生存権保護の姿勢から、国はモデルを示し、組合も使用者も同じ立場でこれを守るように努力してほしい、こういう姿勢に転換しているように思う。

 労働時間の新裁量労働制と呼ばれるものを見ると、どの範囲で裁量労働制を使うのか、あるいは見なし労働時間は何時間なのか、みんな労使委員会の決定に任せている。労働法の規制をはずして、「当事者でどうぞ」という考え方だ。市場だとか世界的な競争の激化とかに対応するものに変わっていこうとしている。

米国モデルは分裂招く

 米国モデルがよいというが、米国では中産階級といわれた鉄鋼、自動車などの製造業を支えてきた熟練ブルーカラー層がどんどん少なくなった。日本と比べてみると、情報開発にたずさわっている労働者の給料はものすごく高いが、拡大する販売やサービス産業で働いている労働者は日本に比べるとずっと低い。サービス産業で職を探したけれども従来の生活なんてとてもできないから、二つも職をかけもちしながらやっと生活を支えている。

 こういう社会の分裂が広がっている。米国がモデルといわれるが、米国ではない、ヨーロッパではない、やっぱり日本のこれまでのあり方を基礎にした労働のあり方、人材育成のあり方、これを守っていかなければいけないと思う。


すみた くにしげ

 1941年生まれ。中央大学法学部卒。労働法専攻。中央大学教授。連合要求実現「応援団」代表世話人。著書に「事例で読む労働法」(旬報社)。「現代労働法入門」(法律文化社)など。


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