990325


新ガイドライン関連法案を廃案に(4)

冷戦意識で米国にしがみつく日本

元中国大使・中江 要介氏に聞く




 国会で新ガイドライン関連法案の審議が始まったが、枝葉の議論が多い。この問題はわが国の外交、安全保障の根本に関わる問題である。米国のいいなりでなく、自前の長期的視野にたった真剣な議論が求められている。元中国大使の中江要介氏に聞いた。


―新ガイドライン関連法案の審議がなされていますが、どのようにお考えですか。

中江 半世紀近く日本外交のお手伝いをしたものからみると、最近は当たり前のことが当たり前に議論されていないように思います。冷戦以降の日本外交、安全保障をどうすべきかという根本のところが十分議論されていません。

 冷戦時代の日本の防衛については、日本だけでは足りないところを日米安保体制で補わなければならないと多くの人が思ってきたのではないか。最近よく新ガイドラインに関して「日米安保体制の枠組みの中で」と言われるが、もし日米安保体制を冷戦後も続けていくというのなら―実はそこが問題なんだが―ガイドラインの必要性に反対する理由はない。それに反対する人が、日本の防衛のあり方に真っ向から反対するということなら分かるが、日米安保体制をそのままにしてガイドラインだけに反対するというのは理解ができません。

「極東の脅威」は動機が不純

 そのガイドライン法案の提案理由について、極東に脅威があるからそれに備えるために必要だ、という変な議論があります。

 本来、具体的な脅威があろうがなかろうが、自分の国の防衛のために色々考えるのは当たり前で、仮想敵国「ソ連」が崩壊すると、今度はわざわざ朝鮮半島だの台湾海峡だのをもってきて、それを理由にしてこの法案を納得させようという発想は、動機が不純だという気がします。

 もし本当に極東に脅威があると言うのであれば、そのことをもっと議論しなければならない。北朝鮮や台湾海峡は本当に脅威なのか。真偽のほどを確かめなければいけない。それを確かめないで脅威を当然の前提にして、地方自治体はどういう協力ができるのか、自衛隊がどこまで出ていけるのか、その時に国連の決議がいるのかいらないのか、というような枝葉の議論ばかりに関心を向けてしまっています。

 私は極東に脅威が存在するという議論のところに非常に疑いをもっています。北朝鮮が脅威だとか、台湾海峡には不安定要素があるという主張には、これを大げさに扱って、新ガイドラインの裏付けにしようとしている魂胆があるように思います。

 もし北朝鮮が脅威であると言うのならその脅威に対抗する軍事力の強化を言う前に、その脅威をなくする努力をするのが日本の選ぶべき道で、それでも思いがけないことが起きたときには緊急避難とか正当防衛が許される、と言うのが正論ではないでしょうか。

 台湾海峡にいたってはまったくおかしな話しが横行しています。日本と台湾との関係というのは、日清戦争以来の歴史があり、日本は台湾に対する植民地支配の反省の上にたって、サンフランシスコ条約で台湾に対する全ての権利を放棄しているのだから台湾について発言権はありません。また日中共同声明では、「台湾が中国の領土の不可分の一部である」という中国の立場を十分に理解し、尊重する、と日本も約束したように基本は中国の内政問題です。米国は自分の国益のために冷戦時代から台湾に介入してきた、それが続いているだけの話しです。そんなものに日本が同調していくというのはまったくおかしい。

 米国としては全世界の秩序維持ための軍事的役割りを唯一の超大国として果たしていく上で、日本の基地、軍事的支援というものが必要だと言うのなら、そのことをはっきり問いかけてくればいいと思います。今後の世界秩序を維持するための米国の考え方が正しい、と考えるならば協力すればいい。他方、米国の軍事戦略に無条件に諸手をあげて追随するばかりが能じゃないという意見があるならそれも議論すればいい。

 国際社会がこれだけ変化してきているのに相変わらず冷戦意識のままで、米国にしがみついていることでよいのかどうか、本当は主権者たる国民が考えなければいけない問題です。

周辺諸国との相互信頼こそ

―これからの日本の外交、安全保障についてどうお考えですか。

中江 いつも一貫して言っていることですが、この前の戦争のような苦い経験をかみしめればかみしめるほど、本当は世界と言いたいが、せめてアジアの中では紛争の種をつくらない、脅威をなくす、相互理解を相互信頼にまで深める努力をすることが何より大事です。戦争が終わってすでに五十年も経っているのだから、本来なら周辺諸国との間に相互信頼が再構築されてしかるべきだが、それができていない。日本の政治力、外交能力の貧しさを反省すべきだと思います。

 冷戦がなくなってこれだけ多極化、地域化していく世の中にあって極東地域だけは、冷戦の後遺症をそのままひきずって、まとまっていない。

 米国はそれを巧みに利用してアジアにおけるプレゼンスを保って、世界に影響力を行使しようというはっきりした政策を打ち出している。それに対して日本はどうするんだということが問われているのに、米国のいうとおりになっているのが一番安心だというようなあきらめみたいなものがまだ残っています。

 少なくとも日本が安心して座れる椅子がどこかにないといけない。今日本は米国の椅子のひじ掛けにもたれているようなもので、自分はここにいるんだという堂々たる椅子がない。本来ならアジアにそういう椅子がなくてはいけないのだが、日本が座ろうとすると「お前はだめだ」と言われて信頼されていない。日本だけ椅子がなくて部屋の隅でぽつんとたたずんでいる、そういう二十一世紀になるような気がします。

 ユーロが発足しましたが、欧州は少なくとも共通の土俵を持ったわけです。アジアにはその土俵がまだないんです。だからお互い共通の土俵ができるように協力していくのが日本の一つの重要な役割だと思うのに、反対にその中に異分子をわざわざつくって、あいつはけしからんなどと言っている。

 日本が究極的には、アジアの中で生きてゆくのだという長期的な視野に立って、まず手近なところから、日本の隣国である中国や北朝鮮、これらの国との相互信頼をつくらなければいけないのに、今はなにかことあるごとにそれに逆らうようなことを言ったりしたりしている、そんなまずい外交をいつまで続けるつもりなのか、という気持ちがしています。


なかえ ようすけ

 一九二二年生まれ。一九四七年外務省に入り、ユーゴ、エジプト、中国大使を歴任して、八七年に退官。現在、日中友好協会副会長など。霞完のペンネームを持つバレエの台本作家でもあり、九八年は上海で日中合作バレエ「鵲(かささぎ)の橋」を上演。著書に「中国の行方」など。


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