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日本は米国との関係を意識しすぎ

アジアで適切な役割を

駐日マレーシア大使 タン スリ H.M.カティブ氏に聞く




 タイから始まったアジア通貨危機から一年余、マレーシアの対応が注目を集めている。マレーシアは昨年九月、危機の元凶となったヘッジファンドなど短期資本の規制に踏み切った。労働新聞編集部は三年ぶりに、東京・渋谷区南平台のマレーシア大使館にカティブ駐日大使を訪ね、インタビューを行った。イスラム教国のマレーシアはラマダン(断食月)で、大使も断食中であったが、われわれの質問に終始にこやかに応じていただいた。


 昨年から始まったアジアの通貨危機、経済危機、こんにちに至る経過をどうみておられますか

 ご存じのように、アジア危機が本当に始まったのは九七年の七月でした。タイ、インドネシアを襲い、韓国、そしてマレーシアにも、それが襲ってきました。こんにちまで、さまざまなかたちで世界中の人びとが影響を受けています。中国があまり影響を受けずにすんでいるのは、中国がある程度経済を管理しているからだと思います。

 それぞれの国の経済力の程度に応じて、被害の影響が変わるでしょう。

 今回の経済危機のもっとも根本的な原因は、ヘッジファンドなど通貨トレーダーによるまったく野放しにされている短期資本の動きです。

 にもかかわらず、このふとどきな通貨トレーダーたちは、むしろ被害を受けたマレーシアやアジア諸国の内部に問題があると非難しました。

 実際のところ、小国にとっては、巨大な短期資本の動きとヘッジファンドはとても大きな不安になります。

 しかも、こんにちの通貨システムはこうした資金の流れに対し何らの管理もしていなかったので、すっかり投機家たちのなすがままになってしまいました。

 その結果、それまで多年にわたって順調に発展してきた経済が突然悪化し、物価は急速に上昇し、失業者は増え、貧困が増大しました。

 要するに、不透明な、金欲にかられたヘッジファンド投機家による巨大な資金の動きに対して、小国はどうすることもできません。私は、ヘッジファンドや短期資本の動きに対して、規制が必要だと痛感しています。

 危機に対するマレーシアの対処の仕方は、タイやインドネシアなどと違いがありますが、どのようなものでしょうか

 通貨トレーダーや投機家たちのあのような攻撃にさらされると、十分に力のない国は、どうしても国際通貨基金(IMF)に頼らざるえなくなります。しかし、IMFは支援にあたり、金利を高くして信用を収縮することなどの厳しい条件を押しつけてきました。IMFのコンディショナリティ(条件)は、経済にもっと大きな危機と混乱をもたらしました。

 ですから、マレーシアはタイやインドネシアのようにIMFに支援を求める選択をしませんでした。それでも当初は、事実上IMFの条件の若干を実施したのです。ところが、高金利政策をとったために銀行から企業に資金が流れなくなり、ビジネスに影響が出て、経済活動がうまくいかなくなりました。そこで、われわれは独自の解決策を探りだしました。

 まず「国家経済復興委員会」を設立しました。政治家、エコノミスト、政府関係者が参加し、マハティール首相が主宰しました。委員会は、国民経済復興計画のなかで、これ以上経済を収縮することは許されず、むしろ経済を刺激することが必要であるとの結論を得ました。

 経済回復のためには、概算したところ、六百億マレーシア・リンギッド(約百七十億ドル)が必要です。

 また、二つの組織をつくりました。

 一つは、ダナ・モダルといって、資産を管理するのを目的とする組織です。もう一つは、ダナ・ハルタといい、銀行に資金注入を行うのが役割です。

 現在、マレーシアには三十六の銀行がありますが、そのうち十六行が一〇〇%外資の銀行です。マレーシアの地方銀行はあまりにも規模が小さすぎるので、リストラと合併によってもっと競争力があるようにしようとしています。

 政府の政策を実施するためには、経済を安定させねばなりません。そうしたわけで、昨年九月一日、マレーシア政府は緊急通貨対策を導入し、為替レートを一ドル=三・八リンギッドに固定しました。

 また、マレーシア株式市場は、海外へ資本流失を防ぐ措置を導入しました。

 こうした通貨規制策の底流にあるのは、経済、金融面で国の独立を保ちたいというマレーシアの強い意思です。

 こうした対策の効果が出て、マレーシアの通貨はたいへん安定してきました。マレーシアに進出している日本の企業はほとんど製造業ですが、固定相場制だと先が読みやすいと歓迎されています。不満に思っているのは、短期資本市場で投機を行うトレーダーだけだと信じています。

 マレーシアの株式市場はよい方向に向かっています。最悪の時にはクアラルンプール株式指数は二百ポイントまで下がりましたが、今では、六百ポイント以上に回復してきました。

しかし、こういったわれわれの緊急通貨規制策に対するマイナスの反応として、ムーディーズやスタンダード&プアーズなどの国際的な格付け機関が、ちょうどジャンクボンド(くず債券)のようにマレーシアを格下げし、外国での資金調達がむずかしくなりました。われわれがIMFの条件を受け入れないために、世界銀行、アジア開発銀行のような国際機関も、マレーシアへの資金提供を遅らせています。

 日本国内でも昨年後半から、マレーシア政府のとった為替規制に対する同情というか、理解がある程度広がっています。マレーシアでは危機を打開するために、日本に対する期待、要望が高まっているように感じますが、どんなことを望んでいられるのか聞かせていただけませんか

 われわれは友好国からの支援を期待していまして、マレーシアの友好国の一つは日本です。マハティール首相は、マレーシアの現状を説明するために日本を三回も訪問しました。昨年末、アセアン首脳会議が開かれたハノイで、日本はわれわれに資金援助を約束してくれました。しかし、日本政府の資金の支払いは、いくぶん遅いし、時間がかかりすぎます。

 アジア太平洋協力会議(APEC)の席上で、米国と日本が協力してアジア経済復興を支援する構想を出しました。しかし、米国はマレーシアを快く思っていないので、マレーシアはこの恩恵には浴せないと思います。ですからマレーシアは、日本に大きな期待をもっています。しかしながら、もし日本が米国の圧力に屈するとなるとマレーシアには希望がなくなります。

 日本はマレーシアにとってとても大きな投資家です。日本企業はマレーシアで多くの利益を受けています。今のところ、日本企業がマレーシアから撤退すると表明していないので安心しています。

 マレーシアに進出している巨大な輸出型企業である松下、東レ、ソニーなどは、輸出の際にもマレーシアの保険会社、海運会社、港湾設備を使ってくれれば、助かります。そうすれば、マレーシアが抱えているサービス部門での赤字を減らすことができます。こうした企業がマレーシアの港湾を使ってくれれば、日本の海運会社もクラン港のようにマレーシアの港で使用料を払ってもらえるからです。

 もう一つの問題として、資金援助があります。とくに有効なのがインフラ整備事業への援助です。多くのインフラ事業は、派生的なよい影響もあります。日本から七つのプロジェクトに対し、海外経済協力基金(OECF)借款で十億ドルを受けることができることになっています。

 また最近、住友銀行、野村証券などがユーロ円ボンドを総額五億六千万ドル発行しました。日本政府が保証し、マレーシア政府が借入れをします。

 もちろん、おカネを出すには形を整えるのは分かっています。日本の担当者はもっと早く、効率的にマレーシアにおカネが届くようにしてほしいのです。マレーシアは実際に八〇年代中ごろと九〇年代初期にも深刻な経済危機に直面したことがあるが、りっぱに対処しよりよい状況をつくり上げた過去の実績があることは、よく知られています。

 

 「ルックイースト」政策によって、多くのマレーシアの学生が日本のさまざまな大学に留学しています。いま心配なのは、この政策を続けられるかどうかです。昨年、日本政府から四百五十万ドルの無償援助をいただきましたが、これは一年の留学分の経費をまかなうだけです。もっと多くの資金協力がないと、「ルックイースト」政策も縮小しなくてはならなくなります。

 日本の側でも「ルックイースト」政策を検討していただき、いかにコストを下げるかを考えていただきたいのです。たとえば、日本の高等教育機関がマレーシアに分校や施設をつくり、最初の一、二年はマレーシアで勉強し、後の三、四年は日本で専門を勉強するようにすれば、相当にコストは下がるはずです。

たとえば、マレーシアに分校をつくれば、日本からもマレーシアに留学できます。その方がずーっと授業料も生活費も安くつくし、さらには、日本とマレーシアの友好関係もより深くなると思います。

 私は、日本は米国との特別な関係を意識し過ぎて、アジアにおいて適切な役割を果たせずにいると思います。今回の金融危機で、日本が演じる役割があることがはっきりしました。好むと好まざるとにかかわらず、日本はアジアにいますし、その役割を負わなくてはなりません。日本とアジアの経済は相互依存の関係にありますし、そして日本が大量に直接投資しているのもアジアです。

 現在、ユーロも誕生し、米国と欧州の競争が目に見えるようになってきましたが、円の役割についてまじめに考えなければならない時期にきたのではないでしょうか。

 マハティール首相は何年も前から、声を大にして日本はもっと国際的に大きな役割を果たすべきだと発言してきました。マハティール首相は東アジア経済協議体(EAEC)構想を通じて、日本を含む東アジアの国々で関心のあることを話し合おうと呼びかけてきました。アジアの金融危機は、EAECにとって申し分のないテーマだと思います。

 日本の方々一人ひとりがマレーシア製品をもっと多く買っていただいたり、マレーシアに観光に来ていただければ、それだけでも危機に見舞われたマレーシアにとっては助けになります。あなた方がわが国を訪問されることはとても重要なことです。日本労働党の方々が率先して来てくだされば、多くの日本人がマレーシアを訪問するうえでよい実例になると思います。

 どうもありがとうございました。

 本日はどうもありがとうございました


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