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 新ガイドライン 危険な有事法整備

 東アジアで非核・軍縮を

山内 敏弘・一橋大学教授に聞く


 新ガイドラインを先取りする形で、九月の米空母インディペンデンスの小樽寄港など、米艦船は各地の民間港に寄港した。また、北富士での米軍実弾演習に民間航空機や空港が使用されるなど、民間施設の使用はすでに既成事実化している。しかも政府は、新ガイドラインの実効性を保障するとして、「周辺事態」での参戦体制の確立や国民全体を米国のための戦争に協力させるために有事法整備に着手しようとしている。また、憲法改正も射程に入れたものである。新ガイドラインと有事法制策動を打ち破るために世論を喚起し、国民的闘争を発展させることががますます重要になっている。有事法整備、改憲問題などを一橋大学教授の山内敏弘氏に聞いた。 



 新ガイドラインを具体化しようとすれば有事法整備が必要になる。そのことは橋本首相自身が「来春には有事法整備に着手する」と述べているし、今年の防衛白書でもはっきりと有事法制を唱えている。
 まず、政府は周辺事態における港湾、空港などの米軍使用を米国に約束しているので、そのための法整備を行わざるを得ない。具体的には自衛隊法一〇三条に輸送などについて民間に業務従事命令ができるとある。しかし、これは防衛出動命令が出された場合にのみ適用される。そこで一〇三条を防衛出動命令がなくても業務従事命令が出せるように改定しなければ、米軍に協力するために必要な施設、人員を強制的に使用できない。
 また一〇三条には罰則規定がなく、政府の有事立法研究でも罰則規定が課題になっている。橋本首相は先日の国会答弁で「新ガイドラインでは港湾、空港などの使用を認めているが、人員について強制力を伴う形では考えていない」と一応述べている。だが、実際に有事になった場合には罰則なしでは強制できないので、罰則規定もつくられる可能性が高い。
 かりに罰則規定がもうけられなくても、港湾、空港の使用命令が出された場合、命令に従わない労働者には懲戒処分という制裁が課せられることになる。つまり、労働者にとっては、労務提供を拒否して首になるか、軍事行動に参加し、場合によっては命を奪われることを覚悟するかの選択を迫られる。
 次に有事法制の一環として、民間の争議権などを制限する法律ができるかどうかは分からないが、事実上はスト権など労働基本権の行使は制限されるだろう。例えば台湾海峡で有事が発生し、日本の労働組合が協力できないとストライキで闘えば、政府は政治ストだから違法だと攻撃してくるだろう。そうなれば労働者は処分され、ストライキができなくなる。
 また市民生活に新ガイドラインはかかわりがないと思っている人もいるが、そうではない。いま盗聴法(組織的犯罪対策法)制定が準備されているが、新ガイドラインと無関係ではない。
 新ガイドラインには情報の収集・交換という言葉が非常に多く出ている。そこには日米両政府は効果的に日本有事や周辺事態に対応するために情報活動を行うとある。ここでいう情報は、英文でみると intelligenceであり、市民のプライバシーも対象となりうる。
 つまり盗聴法は、新ガイドラインに反対する人びとに対応しようとする法律でもある。盗聴法によって国の監視体制が恒常的につくられ、市民のプライバシーが侵害される。新ガイドラインと盗聴法の関連をこのようにとらえるべきだろう。
 この間の沖縄での事態は有事法制の先取りでもある。沖縄では基地の整理・縮小を決めていたが、名護市の海上ヘリポート建設をみても明らかなように基地は拡大している。新ガイドラインでは必要なら新たな施設、区域を提供することになっている。そこで国民の土地が強制的に収用されることも出てくる。軍用地特措法の適用が沖縄だけでなく、全国で行われることにもなる。
 以上のように新ガイドラインに伴う有事法整備は、米軍の港湾や空港などの強制使用やそこの労働者を拘束するばかりか、労働者の基本的な権利を奪うことになる。そして特措法の全国化による個人の土地の取り上げ、盗聴法による監視体制などが可能になる。戦前の国家総動員法と同じ危険な道である。

日米共同の武力行使を「想定」

 政府は新ガイドラインは憲法の枠内でといっている。そのために周辺事態で米国に軍事協力することをなんとか個別的自衛権で説明しようとしている。だが、どう考えても個別的自衛権では説明できない。
 例えば、新ガイドラインの第六項目では「協力のために共通の実施要領をつくる」とされ、相撃ちの防止のための要領をつくらなくてはならないとある。つまり自衛隊が武力行使をしなければ相撃ちはないわけで、まさに集団的自衛権の行使そのものだ。衣の下に鎧(よろい)がみえている。
 そこで憲法改正問題が出てくるが、現在の自民党執行部は社民、さきがけとの連立を行っており、すぐに憲法改正を打ち出すわけにはいかないだろう。これまでのように憲法解釈や運用という形をとるだろう。だが、来年の参議院選挙に向けて社民やさきがけが自民党とまったく違う方向を取ったり、これ以上は解釈や運用ではできなくなった時に改憲論が強く出てくる可能性が高い。

「日中間」に緊張つくるもの

 政府は、周辺事態での邦人救出を口実に自衛隊の派遣を主張している。しかし、非戦闘員の保護については、世界百三十カ国以上が加盟するジュネーブ条約追加議定書(一九七七年)が明確に規定しており、これによって国際法的に保護されている。日本はこの条約にいまだ加盟していないが、加盟によって邦人の保護は可能のはずだ。だから自衛隊派遣は不要となる。
 新ガイドラインは、「アジアにおける事態に備える」という名のもとに台湾問題でも明らかなように中国との間に新たな緊張関係を生み出している。政府は、まずガイドラインという戦争マニュアルではなく、アジアの平和のためのガイドラインをつくることを考えるべきだ。
 今年の夏に韓国のソウルで「東アジアの平和と朝鮮半島の統一」というシンポジウムがあった。私は東北アジアの非核化が有効だと主張したが、ソウル大学の金教授も朝鮮半島の統一のためには朝鮮半島の非核化が必要だと述べていた。
 日本は、朝鮮半島の統一・非核化を促進するために、米国、ロシア、中国にも東北アジアの非核化に理解を求め、働きかけを行うべきだ。そして東アジアに駐留する米軍十万人の撤退を求める軍縮の流れをつくる努力を行うべきである。
 台湾海峡でことが起きた場合、日本が新ガイドラインにそって米軍を支援したらアジア諸国はどう感じるだろうか。当然、戦前の日本の侵略を想起するだろう。こうしたことを考えれば慄然(りつぜん)とする。日米が中国と戦争をすれば、アジアの平和などはあり得ない。アジアとわが国の平和のために日本は絶対に中国と戦争してはならないことを確認していくことが、まず必要だろう。


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