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労働新聞 2021年10月25日号 6面

香港「民主派」、
実態は排外主義的な「独立派」

米国と英国が
持ち込む差別と分断

埼玉学園大学人間学部講師・
武市 一成さん

 米国や英国が中国敵視政策を強める中、日本でも「中国の脅威」をあおる宣伝が強められている。このようなプロパガンダに対し、どのように向き合うべきか。「香港問題」を題材に、埼玉学園大学人間学部講師の武市一成さんに聞いた。(文責編集部)


 日本の報道では香港の若者らの「デモ」を「民主化運動」と表現することが多いが、かれらの主張や行動の実態は、とても「民主的」とは言い難い。かれらは、自らを「自決派」「本土派」などと呼んでいるが、全体として分離主義的な傾向が強く、特に大陸の中国人(以下「中国人」)に対しては非常に差別的で排外的な意識を持っていて、無批判に支持してはならない。

■在特会に近い雰囲気も
 香港では二〇一二年に中国国民としての「国民教育」導入に抗議する大規模なデモなどが行われた。それらの行動の中には、ビジネスマンや観光客などの中国人を「イナゴ」呼ばわりし、「殺蝗水」なるラベルを張った殺虫スプレーのようなものを吹きかけたり、荷物を奪って道路にぶちまけるなど、暴力的で排外的なものも少なくなかった。
 ほぼ同時期、日本の新宿・大久保などで「在特会」が在日朝鮮人や韓国人へのヘイトスピーチを繰り返し、韓国系店の看板を壊したり、買い物客に罵声を浴びせたりしていた。当時、私はこれに抗議するカウンター行動に参加したりしていたが、香港の若者の「デモ」を見て、在特会の蛮行と類似点があると感じた。
 一九年に行われた「逃亡犯条例改正」に反対するデモでは、中国人や自分たちと異なる意見を持つ香港市民を標的に、可燃性の液体をかけて火だるまにしたり、鉄パイプやトンカチのようなもので頭を殴ったりするなど、急進化した一部の若者による凄惨な暴力行為が多発した。これらの行動にはかなりの計画性も感じられ、相手を傷つける意図を持って行われた、明白なヘイトクライムであると確信した。
 日本でよく知られている周庭氏など、外国でロビー・宣伝活動を行う若者もいる。かれらは、自らを「独立派」とは名乗っていないかもしれないが、かれらの行動を香港の「独立」を訴える「港獨活動」と見なす香港市民は少なくないと思われる。
 かれらは、イギリスの植民地であった香港を「先進」と考える一方で、中国を「遅れた野蛮な後進国」だとする西洋帝国主義的な意識を内面化している部分がある。アメリカやイギリス、日本などには親近感を抱いていて、たとえば周庭氏や私が大学で教えていた香港からの留学生は日本のアニメや音楽などを通じて日本に強い親近感を抱いている。先日のように日本で地震が起きれば「心配だ、大丈夫?」などとSNSに書き込みをしたりする。
 反面、中国に対する拒否感は強い。新型コロナウイルスが中国のコウモリ由来だという情報が流れると、香港からの留学生が「ゲテモノ食いの中国人」などというヘイトスピーチを拡散し、中国で大洪水が起きると「天の恵み」「浄化されろ」などという文句を並べて仲間内で盛り上がっていたのを、私自身目撃している。そんなかれらにとっては、香港が中華人民共和国の一部である事実はとても認めがたいのだろう。
 「デモ」に参加した香港の若者のすべてがこのようであるわけではなく、むしろ差別扇動やヘイトクライムからは距離を置いた者の方が多いことは、一九年の八月以降「デモ」の参加者が激減したことからも察せられる。  ただ、中国や中国人に対する差別的・排外主義的な意識を強く持つ者が少なからず存在することは間違いないし、この差別意識が醸成されるにあたってはイギリスやアメリカの関与があることもまた間違いない。

■香港を「反共の砦」に
 一八四〇年のアヘン戦争で中国(当時は清朝)に勝利したイギリスは、四二年に結んだ南京条約で香港を強奪、植民地とした。中国にとっては、単に香港を奪われただけでなく、以降の欧米や日本など列強による侵略の足がかりにもなった屈辱的な戦争・条約で、克服されるべき負の歴史だ。
 これにより中国から切り離され、以降一九九七年の「返還」まで約百五十年間もイギリスの植民地とされた香港だが、そのほとんど全期間にわたり選挙制度などの民主制はなかった。行政も司法もイギリスに握られ、香港は文字通り三権を植民地支配されていた。
 香港市民は「イギリスの二級市民」のような扱いに劣等感を感じつつ、一方で経済的には中国よりも発展したため、中国人には優越感を感じる傾向もあったのだろう。また香港には、中国革命、大躍進運動、文化大革命などの混乱から多くの難民が逃れてきたが、かれらの中には中国共産党に複雑な感情を持っている者も少なくない。
 このような香港を、イギリスやその同盟国であるアメリカ合衆国は、「反共の砦(とりで)」として利用しようと、さまざまな介入を続けてきた。
 八九年の「天安門事件」の際には、香港の報道機関が世界に向けて事件に関するさまざまな「誤報」を世界中に発信し、事件について実像からかけ離れた印象がつくられるきっかけともなった。また香港市民愛国民主運動支援連合会(支連会)が結成され、北京の学生らの行動を後方支援してきたが、かれらについてはアメリカやイギリスの組織との関係が常に取り沙汰された。実際、今年になり香港当局から設立以来の人員リストや収支報告書などの提出を求められたが、かれらはこれを拒否、自主的に解散することを決めた。
 先に述べた二〇一二年の「国民教育」導入について言えば、香港ではイギリス式教育制度の下、アヘン戦争や日本の侵略を正しく教えず、植民地支配を正当化し侵略された中国の側に問題があったかのように教えられてきた部分があり、これを改めるべきと中国政府が考えるのは当然だ。
 日本のマスコミは「愛国教育だ」などと批判したが、侵略した側の日本の歴史わい曲の「愛国」と同一視するべきではないし、また日本にそのようなことを言う資格があるはずもない。
 今年六月には香港紙「蘋果日報」が廃刊となった。日本のマスコミは「中国政府が民主派を言論弾圧」などと報道したが、この新聞は発刊当初から反共的スタンスと芸能ゴシップ記事が売りで、中国や中国人に対する差別をあおるような記事や広告を載せるなど、「民主的」からは程遠いメディアであったことは確かだ。同紙を発行するネクスト・デジタル創業者の黎智英(ジミー・ライ)氏は広東省出身で、文革期の経験から中国共産党に個人的な恨みを持っていたようである。
 歴史的にイギリスやアメリカは分断・差別を支配・統治の道具としてきた。東西冷戦下、アメリカは東アジアにおいては朝鮮半島の三十八度線や台湾海峡に境界線を引き、「反共の防波堤」として利用してきたが、この分断線は香港と深センの間にも引かれている。そもそも「一国両制」は台湾回収を想定して考え出されたものでもあり、これらはすべて連動しているという見方が必要なのではないか。

■脱植民地化めざす中国
 香港は帝国主義に奪われた中国の領土で、これは誰も否定できない歴史的前提であり、中国が香港やマカオ、台湾を含めた統一を回復したいと願うのは当然だ。百何十年も分断され、今なおさまざまな介入があることも考えると、香港市民が「中国人」という意識を持つのは容易ではないのかもしれない。特効薬はなく時間のかかる課題だ。
 香港の若者の怒りの背景には香港の劣悪な住宅事情や経済格差などもある。しかしこれは英植民地時代から続く問題で、ニューヨークとロンドンを合わせたよりも高層建築が多く可住面積の狭い香港の中でこれを解決するのは容易ではない。すべてを中国の責任にするのは間違っている。
 中国政府は現在「大湾区構想」を掲げ、香港と中国本土との経済一体化を進めようとしている。住宅事情もより広い範囲での解決をめざしている。「デモ」とは裏腹に大陸に行く若者は増えており、高校卒業生の一割ぐらいは大陸の大学に進するようになっている。
 香港市民と大陸の人との関係が具体的にどうあるべきかについては、あくまで当事者間の問題であり、第三者の日本人がいたずらに口を出すべきではない。香港が中国の不可分の一部であることは歴史的な事実であり、日本人のわれわれは、むしろ香港のイギリスからの脱植民地化を支援すべきだ。間違っても、アメリカやイギリスなどと歩調を合わせて介入することなど許されず、かつて欧米列強とともに寄ってたかって中国侵略を進めた日本がそれをやればいっそう罪が深い。

■思想の安保体制脱却を
 私が日頃問題だと思うのは、マスコミだけでなく、日本共産党や一部専門家などの「リベラル、左派」まで「民主主義vs権威主義」という構図を無条件に使っていることだ。「民主主義の欧米や日本は善、権威主義の中国やロシアは悪」はそれほど自明視できることなのか、その点の検証から始めるべきではないだろうか。
 同様に、中国政府による新疆ウイグル自治区での「ジェノサイド」や「強制労働」を当然視し真実であるかのように連呼することにも大いに問題がある。欧米の政府やマスコミがその確たる証拠を示したことは一度もなく、反証も数多く提出されている。事実であるかのように言うことは単なる間違いでは済まない。「ジェノサイド」は、ホロコーストのごとき「人道に対する罪」(crime against humanity)のことを指しており、人権侵害の中でも特に深刻なものだ。証拠もなく断定し、かつ検証もせずにこのような情報を拡散することは許されず、それ自体が犯罪的だ。
 先に、香港の若者がイギリスやアメリカの視点を内面化していることについて述べたが、これは日本のわれわれにも当てはまることだ。日本の「戦後民主主義」は日米安保体制とセットであり、政治・経済・司法・教育などすべてがこの下に築かれている。日本共産党のように「日米安保条約の破棄」を訴える政党も、特に近年は思想面で安保体制の呪縛にとらわれているように思えてならない。
 一人一票の選挙制度であれば本当に「民主的」なのか。今の日本の政治をみて本当にそう確信できるのか。本当にそれ以外に民意をくみ取る政治の仕組みはないのか、問い直す必要があるのではないか。
 日本の権力層や植民地主義は日米同盟に寄生することで延命している。それを支えているのがアメリカが東アジアに引いた分断線に規定される冷戦構造だ。
 したがって、この分断線の片側だけで物事を考えていたのでは日本の民主主義は本当のものにならない。私も教壇に立つ者として、この点を意識して学生に伝えていく努力をしたい。
たけち・いっせい
 1963年、高知県生まれ。州立ニューメキシコ大学大学院にて修士号取得(歴史学)、法政大学大学院にて博士後期課程修了、博士(国際文化)。現在、埼玉学園大学人間学部講師、拓殖大学外国語学部講師。専門領域は日米関係史、国際文化学、大衆文化。近年は現代の排外主義や差別の問題を歴史的な関係性を踏まえて考察することを課題としている。

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