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労働新聞 2018年4月15日号 8面

合意を破り続けてきた日本政府

 交流事業で日朝間の機運変えよ

フォトジャーナリスト・伊藤孝司さん

 朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮)と中国との首脳会談が行われ、南北朝鮮や米朝の首脳会談も開催が合意された。安倍政権は、朝鮮敵視外交に血眼になった挙句に米国にはしごを外され、日本は東アジアで孤立を深めている。対米追随・朝鮮敵視の外交を転換し、朝鮮と即時・無条件の国交正常化に向けて踏み出す必要がある。朝鮮との外交で何が求められてるのか、長年に渡って朝鮮現地を取材してきたフォトジャーナリストの伊藤孝司さんに聞いた。(文責編集部)


 私はこの二月から三月にかけて訪朝し、十三日間にわたって首都・平壌と地方都市で取材を行ったが、朝鮮の風景はこれまでと変わらなかった。道路を行き交う自動車の数は減っていなかったし、ガソリン代を含む車両チャーター価格にも変化がなかった。地方都市も同様で、真新しいタクシーや新設されたガソリンスタンドを何度も目にした。ホテルの部屋は暑いほど暖房が効き、お湯は勢いよく出ていた。食事はどれも美味で、食材も豊富だった。朝鮮に対する厳しい制裁が今後も長期にわたって続けば目に見える形での影響が出るかもしれないが、この時点では特に変化は感じられなかった。
 安倍政権やマスコミなどは、今年に入り朝鮮が対話路線へと転じたのは「制裁の効果」などと言っているが、完全に間違った見方だ。そもそも朝鮮の外交姿勢の転換は私にとっては予想の範囲内で、それは朝鮮がなぜ核やミサイルの開発をしているのかを考えれば自ずと理解できる。

目的は平和条約の締結
 朝鮮戦争で米国と激しく戦った朝鮮は、その後も核兵器を含む圧倒的な軍事力で米国に脅され続けてきた。それに対抗するために朝鮮は「最強の抑止力」として核兵器とその運搬手段の開発を続けてきた。核ミサイルを開発することで米国と対等な交渉を行い、朝鮮戦争の休戦協定を平和条約にする。これは朝鮮が一貫して米国に求め続けてきたことで、ごく当然の要求だ。
 朝鮮の核保有を認めない立場の米国は、経済制裁などを課す一方で朝鮮と交渉もしてきたが、軽水炉供与を約束した一九九〇年代初頭の米朝合意を反故(ほご)にするなど、約束を破り続けてきた。日本政府やマスコミは米国の裏切りをまったく指摘せず朝鮮だけを非難しているが。
 このような経過を朝鮮なりに総括し、「核の開発段階の途中で交渉しても米国と対等に対話できない。米国の首都まで届く核ミサイルを開発して初めて対等な立場で対話できる。それまでは交渉はしない」と、朝鮮の若い最高指導者は決めたのだろう。
 昨年までに米国まで到達する核ミサイルを完成させたことを受け、今年二月に韓国で開催された冬季五輪を機にまず南北で糸口をつくり、米国に交渉を持ちかけた。ここまでは既定路線だったはずだ。もっとも米朝首脳会談がこんなに早く決まるとは思っていなかったかもしれないが。
 その後、朝鮮は中国とも首脳会談を行い、韓国と中国にサポートしてもらいながら米国との交渉に臨めることになった。理想的な形になっているのではないか。

平壌宣言に立ち返れ
 私はこれまで三十八回朝鮮を訪れているが、最初に訪問したのは九二年。それまで日本の侵略と植民地支配の被害者の取材を続け、韓国や中国・台湾、インドネシアなどにいる旧日本軍による性奴隷の被害者などの証言を集めてきた。しかし朝鮮半島の南側と同じような被害に遭ったはずの北側にいる被害者の声を聞くことはできていなかったので、朝鮮を訪れ、被爆者や強制連行の被害者、性奴隷の被害者に会った。こうして私の訪朝が始まった。
 私が戦後初めて会う日本人という場合も多く、恨みや怒りをまともにぶつけられることもあったが、正面から受け止めることにした。被害者の「死ぬまでに日本政府に謝罪と補償をして欲しい」という思いに南と北の違いはなかった。
 小泉政権時の二〇〇二年に合意した日朝平壌宣言では、日本による朝鮮植民地支配に対する賠償・被害者への補償に向けた取り組みも約束されたが、当時は内閣官房副長官だった安倍首相らの拉致問題への強硬姿勢で行き詰まった。
 東アジアで孤立感を深める安倍政権は現在、日朝首脳会談に意欲があることを複数のルートで朝鮮に伝えているという。泥縄的な対応だが、それに朝鮮が容易に応じることはないだろう。朝鮮の最大の外交目標は米国との関係改善で、韓国との対話推進はそのための方策の一つでもある。朝鮮にはすぐに日朝関係改善に取り組む必要性はない。また米国だけでなく日本政府も核開発などを理由に朝鮮との合意を破ってきた。朝鮮の側には安倍政権に対する不信感が根強くあるはずだ。
 安倍首相が本気で日朝関係改善を考えているのならば、拉致問題だけでなく他の課題にも同時に取り組むべきだ。平昌五輪を機に南北朝鮮で融和機運が広がったが、日朝間でも実施できる交流から行い、まず糸口を作ることが必要だ。
 それは平壌宣言で合意した日本による朝鮮植民地支配に対する賠償・被害者への補償、また朝鮮半島北部から持ち出した文化財の返還、そしてそもそもは日本側が朝鮮に強く要求していた残留日本人・日本人妻の里帰りの実施、朝鮮各地の日本人埋葬地への政府事業での墓参と遺骨収容など。私はこれまでも日本政府にいろいろと提言してきたが、やれることは本来いくらでもある。
 かつて朝鮮の日本人埋葬地へ墓参をめぐっては、一二年四月に朝鮮側が日本の民間からの申請でも受け入れることを決め、以降十二回の墓参団が派遣された。その際に朝鮮側はメディアの同行取材もすべて受け入れ、普通は絶対に許可しないような地方の集落の撮影も容認するなど、日朝の間に一定の信頼が生まれていた。そうした交流があって一四年五月のストックホルム合意に至ったのだが、日本政府は制裁強化などで合意を一方的に破棄してしまった。もはやストックホルム合意は生きていないが、その基本となる平壌宣言は今も生きており、日本政府はそれに真摯(しんし)に向き合うことが求められている。
 これまで安倍政権はさんざんに朝鮮に対する偏見や敵意をあおってきた。一般市民の意識を変えることは簡単ではないが、残留日本人・日本人妻の里帰りなど日本政府の腹一つですぐに実行できる具体的なことを進め、日朝間の機運を変えるよう努めるべきだ。

いとう・たかし
 一九五二年、長野県生まれ。フォトジャーナリスト。日本写真家協会会員。日本ジャーナリスト会議会員。ホームページは「伊藤孝司の仕事」。

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