労働新聞 2002年10月25日号 インタビュー

近づく日朝正常化交渉
平壌宣言に基づき、早期国交正常化を

中江 要介・日本日中関係学会会長 に聞く

 日朝両国の、国交正常化に向けた交渉が近づいている。戦後懸案として残されてきた朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)との国交樹立は、早急に実現されるべきである。そのためにも、両国による平壌宣言は誠実に履行・実現・具体化されるべきであり、拉致問題などを口実に、交渉に新たなハードルを設けたり、遅らせたりすべきではない。日朝正常化交渉などについて、外交官として日中平和友好条約締結などに尽力し、駐中国大使などを務めた中江要介・日本日中関係学会会長に聞いた。(10月15日取材)

 日朝首脳会談が開かれ、平壌宣言が発表された。
 両国が国交正常化に向かうのはよいことだが、それにしても遅すぎた。つまり、日朝両国は、冷戦終了後すぐさま、国交を正常化すべきであった。日本もそのように働きかけるべきだったが、冷戦思考から抜け出せなかったのは残念だ。
 ところで、なぜ北朝鮮が今回交渉に応じたのかという議論の中に、北朝鮮の経済危機と共に、「米国が北朝鮮をイラン、イラクと共に『悪の枢軸』と呼び、武力で威嚇したため屈してきたのだ」という意見がある。この見方からは、「米国がやっているように、外交には武力が必要だ」という考え方が出てくる。現に、そういう声が出てきている。これは日本の将来にとって、非常に危険だ。

交渉に条件をつけるべきでない

 遅すぎたとはいえ、北朝鮮との国交正常化は早い方がよい。
 平壌宣言では、「国交正常化を早期に実現させるため、あらゆる努力を傾注する」とある。これは両国の合意であり、誠実に履行されるべきだ。
 拉致問題については、金総書記が拉致を認めて謝罪し、「問題が今後再び生じることがないよう適切な措置をとる」とした。安全保障問題については、「ミサイル発射のモラトリアム」を延長する、核査察など「国際的合意を順守する」、両国間の安全保障問題は「対話を促進する」とされた。


なかえ ようすけ

 1922年生まれ。47年に外務省に入り、ユーゴスラビア、エジプト、中国大使を歴任して、87年に退官。現在、日本日中関係学会会長。霞完のペンネームを持つバレエの台本作家でもあり、九八年は上海で日中合作バレエ「鵲(かささぎ)の橋」を上演。著書に「中国の行方」など。

 ところが、「拉致問題が解決しなければ国交を正常化してはならない」「経済協力を実施してはならない」とかいって、交渉に条件をつけようとする意見がある。これは平壌宣言の趣旨に反するし、本末転倒だ。
 拉致問題のほかにも、ミサイル問題や工作船問題など出ているが、これらを対等の立場で話し合うためにこそ、正常化が必要なのだ。話し合うこともできない関係のままで、問題を「解明」「解決」しろといっても無理である。
 この矛盾を抱えているため、政府は中国へ行ったり、米国やロシア、韓国に問題の解決を頼んでいる。他国にばかり頼まず、自ら堂々と相手と交渉し、解決を求めればよい。拉致問題の解明が必要だからこそ、国交を早く正常化すべきなのだ。そういう正論を冷静に取り上げないマスメディアにも、大きな問題がある。
 わが国は朝鮮半島に対して36年間の植民地支配を行った。強制連行などの不幸な問題もあった。冷静に考えればこうした問題があるのに、この際まったく報道されないことと併せて、いかにマスコミの了見が狭く、その論調が一面的であるかが分かる。
 外交に携わる関係者が俗論に惑わされないことを願うが、憂慮すべき点があるとすれば、それは政党だ。国会議員は一般に、選挙の票目当てにいろいろ言うことがあるが、せっかくの平壌宣言は、きちんと守られなければならない。

平和に貢献する「王道」を歩め

 さらに重要なのは、日朝関係を早く正常化することによって、東アジアに新しい秩序をつくることだ。現在、アジアにはASEAN(東南アジア諸国連合)地域フォーラム(ARF)があるが、これにしてもすべての国が互いに関係を正常化し、話し合えるようになって初めて、フォーラムの機能が果たせる。このような地域のメカニズムをつくるには、北朝鮮を「村八分」にしたままでできるはずがない。
 この意味で、米国のいう「悪の枢軸」論は、間違いだ。意図的に仮想敵国をつくるような力の論理、つまり「覇道」では、世の中が安定するはずはない。国際法を軽んずるような、キッシンジャー氏らの発言も問題だ。日本国内にも、こうした動きに同調する声があるが、そうではなく、もし日朝関係に米国が「悪の枢軸」論を持ち込んできても、それに引きずられることなく、堂々と反論すればよい。
 小泉首相は、北朝鮮との交渉を行うといいながら、一方で、靖国神社を公式参拝している。そのため、国交正常化三十年を迎えた日中関係も、小泉訪中が実現できない状況となっている。ここに自己矛盾を感じない政治は問題である。これを正し、平和な新しい秩序をつくるという点でアジア政策を一貫したものにさせるには、世論の力が必要だ。
 ところで、全国で起こっている在日朝鮮人、特に小中学生などへの嫌がらせ、人権侵害は、非常に恥ずべきことだ。
 北朝鮮が拉致を認めると、「北朝鮮はけしからん」と言う人びとは、拉致を認める前は「認めないのでけしからん」と言っていた。どっちにしても「けしからん」という。そういう感情論や好き嫌いに左右されていては、外交はできない。北朝鮮を「信用できない」というが、現に、拉致被害者の五人は帰国している。まず、一歩前進であることを認識すべきだ。北朝鮮という国を好きでも嫌いでも、隣国とは仲良くする努力を惜しまないのが外交だ。ましてや、関係のない在日朝鮮人を攻撃するなど、日本人の沽券(こけん)にかかわる。
 日本は戦後、国際関係の解決に武力を用いないことを誓った。武力によらず相手との和解をはかる、あるいは相手が歩み寄ってくる、そういう日本独自の力があっていいはずなのに、それがまったく醸成されないで、米国の力に依存する傾向があった。日本は、武力以外の外交力をもたなければならない。日本のとるべき道は、かつて孫文が言ったように、欧米流の力による「覇道」ではなく、東洋伝承の仁義と道徳に基づく「王道」であるべきだ。これが、現在も大きく問われているのではないか。


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