20001125


歴史教育改ざんの動き

国の進路問う重大な課題

高嶋伸欣・琉球大学教授に聞く


 二〇〇二年度から使用される中学校歴史教科書において、南京大虐殺など過去のアジア侵略の事実をわい曲・隠ぺいする動きが広がっている。とりわけ、藤岡信勝、西尾幹二らによる「新しい歴史教科書をつくる会」(以下「つくる会」)は、この先兵となっている。これに対し、国内はもとより、中国・韓国などアジア諸国から非難の声があがり、外交問題にも発展しつつある。これは教科書問題にとどまらず、大きく変化する東アジア情勢のもとで、朝鮮、中国を敵視する米国の東アジア戦略の調整と結びついたわが国の対米追随、軍事大国化が背景にあり、わが国の進路にかかわる重大な課題である。歴史わい曲を許さず、アジアと共生する国の進路が求められている。教科書裁判などにかかわる高嶋伸欣・琉球大学教授に聞いた。


侵略隠す教科書が増える
 来年三月に検定が終わり、二〇〇二年度から使用される中学校歴史教科書で、歴史を改ざんする動きが強まっている。
 具体的には、「従軍慰安婦」の記述が七社から三社に、三光作戦は五社から一社に減った。「侵略」を「南進」「進出」などとした例もある。しかも、中には出版社側の「自主規制」で行われたものもある。
 また、藤岡信勝・東大教授ら「つくる会」による驚くべき内容の教科書が提出された。この教科書(白表紙本・教科書検定に提出される第一次原稿)では、太平洋戦争について「日本の緒戦の勝利は、東南アジアやインドの人びと、さらにはアフリカの人びとにまで独立への夢と勇気を育んだ」などと記述している。
 これが検定に合格し、使われればとんでもないことになる。

目的は改憲の世論づくり
 右派勢力が「教科書が偏向している」と攻撃し、自ら教科書をつくるのは、今回が初めてではない。
 八〇年代にも、教科書への「偏向」攻撃があり、八六年、黛敏郎(故人・作曲家)らを中心に教科書「新編日本史」が作成された。これは国際的に通用しないシロモノだったし、国内外で批判を受け、ほとんど採択されなかった。
 今回の場合、検定を通っても採択されないとダメだということで、「つくる会」は「産経新聞」「諸君」などと連携して策動している。
 具体的には、採択を決定する場から教員を排除し、地方議会で決議を上げさせたりして教育委員会に圧力をかけて採択させようという戦法だ。また、教育委員会に現行歴史教科書を批判した「国民の油断」などという書籍を送りつけるということまで行い、「世論づくり」を行っている。
 実は、独占禁止法に基づく公正取引委員会の規則などで、執筆・出版当事者は採択を求めるための物品の供与や他の教科書の批判を行ってはならないとされている。
 ところが、「つくる会」は書籍を教育委員会に送りつけ、他社の教科書をいろいろ攻撃している。ただ、そうした行為が法律違反であるということは後で気がついたのだろう。「つくる会」は規約で「教科書をつくる」と明言しているのに、教科書執筆者と「つくる会」が別物であるかのように装うことまで行っている。まさに、「頭隠して尻隠さず」で、支離滅裂だ。
 また、「つくる会」は公民の教科書も検定に提出しているが、明確に改憲を狙っている内容だ。「新編日本史」を発行したグループは、趣旨として「改憲のための思想的潮流を学校教育を通じて形成したい」としていた。今回もこれと同じで、警戒する必要がある。
 教育者やマスコミがこうした動きに無批判で追随しているところは、問題だ。

アジアと共生できる日本に
 戦後五十五年間、日本は直接の軍事行動を行っていなかった。それが、九一年の中東への掃海艇派遣を一つの区切りとして変わったように思う。
 さらに新ガイドラインや周辺事態法、そして船舶検査法などの有事法制が国会に提出され、国会には憲法調査会が設置された。森首相の「神の国」発言や鳩山民主党代表が「集団的自衛権」「改憲」発言を行っている。また、米国は集団的自衛権を日本に求めている。
 このような政治情勢の変化の中、わが国を軍事大国化させたいと思っている勢力が、藤岡らの活動がそうした世論づくりに活用できると計算し、彼らを利用しているのだろう。
 シンガポールのリー・クアン・ユー首相は、九〇年五月に「『侵略』を『進出』と言い換えようとする歴史教育で事実を学んでいない日本の戦後世代は、軍事力の増大と共に何をするかわからない」と述べている。十年前のこの発言の翌年に掃海艇が派遣された。その後も、事態はその通りになりつつある。新ガイドラインや今回の教科書問題で、アジア諸国はますます日本に警戒心をもつだろう。
 もし、歴史をわい曲し、近隣諸国民の感情を無視する検定が行われれば、これは八二年の教科書問題のときの国際的公約に違反することになる。強制連行や従軍慰安婦、南京虐殺も、日本政府自身がその存在を認めていることだ。その国会答弁も撤回されてはいない。にもかかわらず、それに反する教科書が合格・採択されれば、わが国は国際的に責任を問われることになる。その影響は、教科書問題にとどまらない。
 日本国民には、まだまだ歴史の真実が理解されていない。朝鮮民主主義人民共和国による日本人拉致(らち)は、あったかどうか未解明の部分が少なくない。一方で、わが国による朝鮮人の強制連行は間違いなくあった。しかも、拉致事件よりはるか以前に。ところが、それに触れている報道はほとんどない。
 こうした当たり前のことがきちんとされないと、アジアと仲良く生きていくことはできない。なぜ少なくない人びとがこうした煽動にのってしまうのかを考え、根本的な処理をしない限り、同じことは繰り返される。まず、戦争責任を本当の意味でハッキリさせることが重要だ。


アジア敵視の「つくる会」教科書

「(教育勅語は)近代国家の国民としての心得を説いた教えで、各学校で用いられ、近代日本人の人格の背骨をなすものとなった」
「(韓国併合は)東アジアを安定させる政策として欧米列強から支持されたものであった」
「五族協和、王道楽土建設をスローガンに、満州国は急速な経済成長を遂げた。人びとの生活は向上し、中国人などの著しい人口の流入があった」
「(南京大虐殺について)戦争中だから、何がしかの殺害があったとしても、ホロコーストのような種類のものではない」
「(特攻隊は)故郷の家族を守るため、この日本のために犠牲になることをあえていとわなかったのである」   (以上「中学社会・歴史」より)
「憲法の解釈によれば、わが国は集団的自衛権を行使できないという意見があり、それが国際協力の障害にもなっている」
「核兵器廃絶を絶対の正義とするのは、(中略)人間を性善なるものと安易にみなしているのではないだろうか」 (以上「中学社会・公民」より)


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