20000405


景気回復には賃上げ、雇用増を

経済の米国一辺倒脱すべき

立正大学教授 侘美 光彦氏に聞く


 政府は景気が「自律的回復」に入りつつあるかのような宣伝を行っているが、日々の生活に苦しむ国民の実感とは大きくかけ離れたものである。大幅賃上げ、雇用確保を保証し、個人消費、内需を拡大してこそ景気回復が可能となるだろう。また、長期的にはアジアと共生する経済体制をめざしてこそ、わが国の真の繁栄がありうる。国民生活の危機打開とともに、対米追随の政治・経済体制の転換が迫られている。日本経済の現状やめざすべき方向などについて、侘美光彦・立正大学教授に聞いた。


 政府が九七年に、「財政再建」政策により事実上の引き締め政策を行って以降、単に不況で物価が下落するというだけでなく、大企業を中心とした設備投資の大幅な縮小、そしてリストラが開始された。
 これがさらに景気を悪化させることになり、私はこれを「デフレスパイラル」と呼んだ。日本の場合、他方で「金融システムの崩壊を防ぐ」ということで公的資金を投入したり、中小企業に対する信用保証などいろいろな政策を行っているので、デフレスパイラルは非常に緩やかにしか進んでいない。
 政府は、景気が「自律的回復」に入りつつあるという認識のようだ。しかし、政府が経済に介入しなかった第一次大戦以前の資本主義ならともかく、政府は史上最大規模の財政支出を行って経済を支えているわけで、「自律的」ではない。「自律的回復」という言葉は、市場だけで経済が動いているかのように考える、米国流市場主義の概念だ。
 かつて橋本政権が、この認識を採用して大失敗した。「自律的回復」ということで「財政再建」をしようとして緊縮財政を採用し、現在の状況を生み出す要因の一つをつくった。政府にも経済学者にも、市場経済に対する過剰評価があるのではないか。

労組の賃下げ容認は景気回復に逆行

 確かに最近、設備投資は上向きのようだが、これは産業全体の設備投資が上向いているのではなく、IT(情報技術)産業など、つまりごく一部の産業が上向いていて、他産業の設備投資の減少を相殺しているというのが実際のようだ。だが、企業のIT化は、かつての自動車のように、すそ野の広い産業創出と比べると、雇用増は少ないだろう。設備投資が伸び悩む状況は、まだしばらく続くのではないか。だから、景気が底を打ったとはいえないだろう。
 実際、デフレスパイラルに続いて大きなリストラが行われている最中に、昨年のボーナスカットがあり、さらに今回の春闘でも賃金はほとんど上がっていない。また、国民の中には失業の危機、年金制度改革や介護保険の導入などで、将来への不安感が強まっている。こうして、昨年末には消費が減退し、大きくGDP(国内総生産)が落ち込み、政府が慌てているというのが現状だろう。むしろ、ごく緩やかにしか進んでいないのが幸いだが、まだデフレスパイラルの状況にあると考えられる。
 これを脱出するには、政府が公共投資などを行えばある程度効果はあるが、民間設備投資が本当に増加しなければ不可能だ。この場合、マルクス経済学の「投資」概念には、雇用や賃金も含まれる。近代経済学では設備投資だけで、工場や機械などだけをさしている。だから設備投資増は、必然的に雇用や賃金増加を含んだものでなければならない。
 そうして初めて、個人消費も増え、景気が回復に向かう。雇用や賃金増加を含んだ設備投資増が、真の景気回復には必要だろう。労働組合が経営者に「リストラに協力しろ」と言われ、賃下げを容認してしまっている状態では、回復は困難だ。

米国一辺倒はわが国繁栄のネック

 米国経済がバブル状態であることは、以前から言われている。もちろん、二九年の大恐慌当時とは条件が異なっているので、単純に比較できないが、いつかは何らかの形で崩壊する。そうすれば当然、通貨であるドルも崩壊し、米国に投資されている外資の引き上げとなり、国際通貨にも影響を与える。わが国にも深刻な影響が発生する可能性がある。米国経済がこうした危うい基盤の上にあるのは事実だ。そもそも世界最大の債務国であり、最大の経常収支赤字国の通貨が基軸通貨であり続けるのは、米国の外にぼう大なドル建ての金融市場(ユーロ・ドル市場)があることに大きく依存している。
 さらに重要なことは、EU(欧州連合)ができたことだ。ユーロは、いままでの国際通貨と原理が違う。米国の経済界は、ドル中心の変動相場制の中の一つの存在としかみていないが、正しくない。全体はドルに対して変動相場制だが、EU内の取引は一つの通貨で行われるわけで、為替がなくなる。これが二十一世紀に入っても成功すれば、ドルとはまったく違う通貨体制ができ、ユーロ・ドル市場が縮小する。
 成功すれば、他の国も参加しようとするし、アジアにも似たものをつくろうということになる。これは、ドルの相対化とドル体制の崩壊を意味する。米国のバブル崩壊と結びつけば、危機は一気に進行する。そういう意味でも、世界経済は危うい基盤の上にあるといえる。
 日本はぼう大な資金を環流させて米国を支えており、ドルが崩壊すれば大きな影響を受ける。それに備え、外貨もユーロももって危機を分散すべきだという声もある。
 日米経済は両国だけの関係ではなく、日本がアジアに投資し、アジアが米国に輸出するという面も大きい。こうした中で、日本がどう発展していくのかが大事だ。アジア通貨基金構想は、米国が自らが除外されることを恐れ、圧力をかけてつぶした。だが、アジア諸国はやっと不況から脱し始めたところなので、日本は将来に期待して援助すべきだろう。円が中心になれるかどうかはともかく、ドル暴落に備え、EUの動向をみながら新しい通貨体制をめざすことが必要だ。
 安保条約の是非はともかく、軍事も経済も米国一辺倒では、わが国の繁栄を築く上でネックとなるだろう。ドルが強いとされていても、それは米国の実体経済をすべて反映しているわけではない。市場では実体経済の何倍ものカネが動いており、米国の生産性が実際に日本の数倍であるかのようにいわているのは、変動相場制のトリックだ。賃金も「世界最高」というが、実感はない。為替とはそういうものだ。
 それにだまされていつまでもドルに追随するのではなく、もっと自立した経済、通貨政策を行うべきだろう。日本の経済学者や政治家の多くは米国一辺倒で、歴史の流れについて正確な認識がないのではないか。


たくみ みつひこ
 1935年、愛知県生まれ。58年東大経済学部卒。80〜95年東京大学教授。95年同名誉教授。同年より現職。著書に「『大恐慌型』不況」(講談社)、「世界大恐慌・1929年恐慌の過程と原因」(お茶の水書房など。


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