20000325


商法改悪、労働承継法案

労働者保護法制の確立を

企業再編でリストラも容易に

日本労働弁護団前幹事長 徳住 堅治氏に聞く


 政府は今国会で、商法改悪案と「会社分割労働契約承継法案」の成立をもくろんでいる。本法案は、企業分割の際に現状の労働条件が新会社に承継されず、解雇や労働条件の引き下げを容易にする、権利はく奪法案である。支配層はこれを通じ、企業再編の促進による経済体制整備と、労働力をさらに安上がりにすることを狙っている。すでに連合などは、労働者保護法の制定を求めて運動を強めているが、法案の成立を阻止する、断固とした闘いが求められている。日本労働弁護団前幹事長の徳住堅治氏に聞いた。


 政府が今国会で成立をめざしている商法改正案は、企業再編に関する一連の法改正の総仕上げとなるものだ。これで財界は、企業再編についてのほとんどの法的手段を手に入れることになる。
 企業再編についての法改正の流れをみると、九七年に独占禁止法改正があり、持株会社が容認された。さらに、九八年には金融二法(金融健全化法、金融再生法)が制定された。これは金融分野に限られてはいたが、経営健全化のために国が税金をつぎ込み、その代わりにリストラをすることが要件になっていた。この点について、十分批判する世論をつくれなかった。結果として、第一勧業銀行、富士銀行、日本興業銀行合併によるみずほ銀行の誕生に際して、六千人ものリストラが予定されている。国や法律のお墨付きをもらった形で、金融機関でリストラが行われることになった。
 昨年には産業再生法が成立し、税制上の優遇措置や優先株発行上のメリットを与えて、過剰設備の廃棄やリストラを促進することになった。最後が今回の商法改正案で、政府は企業再編を進める財界の要請通りに法整備を進めようとしている。

企業再編口実の解雇も

 企業再編にはこれまで、合併と営業譲渡という形しかなかった。商法改正案は、さらに会社分割という方法を認める。分割には、細胞分裂のようにA社をA社とB社に分ける「新設分割」と、A社の特定部門をB社に移譲するという「吸収分割」がある。営業譲渡はものを渡して、経営組織体を売買・譲渡するという概念だが、分割は会社自体を割っていく。
 例えば会社の中で優良な部門だけを切り離して不良部門だけを残すと、当然、経営者は不良部門で解雇などのリストラを行う。逆に、不良部門だけを切り離すことも容易にできる。この際の労働者の労働条件について、商法改正案はまったく規定していない。
 みずほ銀行誕生は今回の商法改正が前提になっており、すでに電機メーカーやゼネコンでも、法律制定を見越した分割案が検討されているようだ。例えば、家電業界は総合メーカーとして発展してきたが、原子力部門は採算が合わないと切り離し、労働条件を引き下げたりリストラをするということが、すでに考えられている。ゼネコンも、規模が大きくて債務処理ができなくて金融機関が困っているからと、優良部門だけを残して分割し他は切り捨てることになる。
 このように、企業再編で有利な部門だけを残し、その過程で労働者の雇用と労働条件悪化が、あらゆる産業分野で起こってくるだろう。これが、この商法改正案の最大の問題点だ。
 先に述べたように、商法改正案には企業分割の際に雇用と労働条件がどうなるかということがスッポリと抜けていたので、これを規定しようとしたのが、「会社分割労働契約承継法案」だ。
 同法案は、わが国で初めて労働契約的な発想を導入したという面で積極性もある。わが国の労働法体系は、労働組合法と労働基準法が中心で、最低基準を定めそれに違反するものは罰するが、それ以外は経営者の行動を規定する法律がほとんどないからだ。
 だが、問題点も多い。
 第一は、企業再編を理由とした解雇が禁止されていないことだ。
 第二に、企業再編は分割だけではなく営業譲渡もあるのに、同案には営業譲渡の際の労働者保護規定が抜け落ちている。
 第三に、分割される部門で「主に」働いているかどうかで、分割の際に労働者が異動を拒否できない場合がある。分割される部門で「主に」働いているとされれば、本人の同意がなくても、雇用関係は分割先の会社に移ってしまう。逆に、分割される部門で「主に」働いているのに異動できない場合は、異議を唱えれば認められる。この場合、「主に」かそうでないかの基準が、非常にあいまいだ。
 さらに、会社分割案を労働組合に事前に通知したり、協議を義務づけるという規定もない。このような重大な問題は、労資で協議して決定していくという原則が、最低限確保されるべきだろう。

米国が労働法制緩和の圧力

 わが国では、九八年の労働基準法改悪など、最低基準の労働法制さえ規制緩和が進められている。これは「グローバルスタンダード」という美辞麗句で行われているが、明らかに米国の押しつけだ。
 米国は、自国企業が日本市場に参入し、自分たちに都合よく企業再編をしやすいように、法的手段を整えることを求めているのだ。日本の大企業もそういう手法を取りたいのだろうが、それ以上に米国の要求がある。米国は、日本の整理解雇要件は「貿易障壁になる」とまでいっている。実際、米国はフランスには三十五時間労働制の撤廃を要求し、ドイツにも整理解雇原則の撤廃を求めている。
 米国内では七〇年代に長期雇用制度が崩壊したが、最近では解雇は「人間の尊厳に反する」とする判決が出されたりしている。ところが、わが国には「解雇自由の国をつくれ」と要求しているわけだ。
 EU(欧州連合)諸国では、企業分割の場合には労働者の雇用条件も変わりなく承継されるという原則が確立している。分割前の労資協議が義務づけられているし、分割に伴う労働条件の引き下げは禁止されている。
 こうしたことは、フランスでは約百年前から民法で規定されている。ドイツでも、民法や商法の中に同様の規定がある。
 これらは、七七年に当時のEC理事会が指令したEEC指令(企業、事業、または企業、事業の一部の移転の際の労働者の権利保護に関する加盟国法の接近に関する指令)にも入っている。九八年には、英国も含めて雇用の承継が確立されている。

労組にとって緊急の課題

 わが国においても、企業再編が加速する中、労働者の権利を守る法整備を早急に行うことが必要だ。
 まず、基本的要件として、解雇制限や配転・出向などへの規制など、わが国の法体系に欠けている労働契約的法制度を導入することだ。労働者と使用者の両者を拘束する法体系がないというのが、最大の問題点である。今回の労働承継法案は会社分割の際についてだけの規定だが、企業再編すべてについての労働者保護法を決めるべきだろう。
 今後の企業再編は、大企業ほど影響を与えるし、このままではリストラも盛んになるだろう。商法改正案などは労働者にとってわかりにくいものだし、普通は「労働者の雇用にとって関係ない」と思ってしまう。ところが、そこに労働者の権利を揺るがす問題が含まれている。
 労働組合、とくに幹部が、もっと広い視野で、雇用にかかわる問題に関心をもち、労働者の権利はく奪に反対し、労働承継法案の修正を求める闘いをしないと、雇用や労働条件が大変なことになる。


とくずみ けんじ
 
1947年生まれ。70年東京大学法学部卒。73年弁護士登録。95年日本労働弁護団幹事長。


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