20000205


小渕政権、年金改悪法案の成立狙う

国民が安心できる年金行政を

一橋大学教授 高山 憲之氏に聞く


 小渕政権は昨年、衆院で年金改革法案を強行可決し、今国会での成立をもくろんでいる。本法案は、厚生年金の報酬比例部分の給付水準を五%引き下げ、さらに支給開始年齢を現行の六十歳から六十五歳に引き上げるなど、国民に犠牲を強いるものである。連合などが闘っている改悪阻止の運動を、さらに発展させることが求められている。年金改革法案の問題点などついて、高山憲之・一橋大学教授に聞いた。


 年金の収支である年金財政は、実は国民年金、厚生年金両方とも、今年も単年度で合計二兆五千億円以上の黒字になっている。
 黒字幅は減少傾向なので、年金財政については短期的にではなく、長期的に考えるべきではあるが、黒字であることに変わりはない。

国民負担を上げる必要はない

 九九年度の当初予算をみると、国税収入は約四十七兆一千億円だが、社会保険料負担はこれを超える五十四兆五千億円にも及んでいる。二〇〇〇年度にはこの差は縮まったが、社会保険料負担は、国税負担を上回っている。この社会保険料負担をさらに上げることは、国民経済に対するダメージが大きい。
 これをさらに項目別にみると、年金保険料負担は三十兆円近くになっており、最大だ。所得税や法人税よりも大きく、ダントツに重い。これは、国民年金には負担免除制度があるものの、課税最低限のある所得税や法人税と異なり、基本的に低所得者でも納付を義務づけられているからだ。
 いまのように景気が悪いときに、必要以上に保険料負担を増やす必要はない。負担を増やせば、事実上の増税となって国民の消費支出は減退する。企業も負担が増え、リストラがさらに厳しくなる。
 また、給付水準を下げれば、国民からすると、いったいどこまで下がっていくのかわからなくなり、老後や将来不安のもとになる。それがある限りは、なかなか財布のヒモをゆるめてお金を使おうという気にはならない。
 米国やドイツなどでは、公的年金の保険料を長期間固定するか、むしろ引き下げている。これらの国も高齢化という意味では日本と同じで、わが国だけが国民負担を上げる必要はない。

不安高める支給年齢引き上げ

 今回の法案では、二〇一三年から二五年にかけて年金の支給開始年齢を引き上げ、現行の六十歳を六十五歳にするとしている。政府は、「年金を六十歳から受給できるので、高齢者の雇用が広がらない」といいたいようだが、これでは逆に、国民の不安感を高めるばかりだ。
 政府は、これを実現するため、雇用対策など、いまから態勢をつくるという。しかし実態は、高齢者の雇用環境は悪化の一途をたどっている。有効求人倍率は〇・〇六で、就職率も一・六%程度(いずれも九八年)と、極端に低いのが実際だ。だから、六十歳で会社を辞めて新しく職探しをしようと思っても、簡単にはみつからない。中年でさえもリストラの嵐が吹くような雇用不安のときに、高齢者の優先雇用が本当にできるだろうか。
 結局、六十歳代前半に働けなければ、六十五歳の支給開始前から年金を受け取ることにならざるをえないが、その場合は「繰り上げ減額」が適用され、減額された年金でがまんしてもらうということになっている。しかも、減額率は四二%と高い。二十万円もらえると思ったら、十二万円弱しかもらえないということで、これはおおごとだ。政府は、「減額率は三〇〜三五%に抑えたい」としているが、それにしても大幅な減額だ。
 現在、六十歳前半で年金をもらいながら就業している人には、「在職老齢年金」といって、二〇%年金が減額されている。これは企業に対して、「年金分だけ安い給与で六十年代前半層を雇って下さい」といっているのと同じだ。それが、支給開始が六十五歳になり六十代前半での減額が三〇%以上にもなると、年金給付額が下がる分、企業は人件費を上げざるをえなくなる。そうなると、企業は給料を上げないか、高齢者を雇わない方向に向かうだろう。つまり、かえって高齢者の雇用環境を厳しくしてしまう。高齢者の雇用環境がよくなる見込みがないもとで、高齢者を放置するようなことを、こんなに乱暴にやってよいのだろうか。
 しかもこの改正案だと、中卒で四十五年間、高卒で四十二年働いて六十歳になったら、「年金をあと五年待て」ということになる。大卒ならば平均給与も高いが、中高卒だと、再就職も不利で、就職しても給料はさらに安い。経済的に恵まれていない人にさらに年金で泣いてもらう、という制度にほかならない。

国民の将来不安解消を

 国民は年金政策に不信を強めており、非常に不幸な状況だ。
 ところが現在の国会は、過去に年金法案を審議したときの審議時間が「慣例」になっており、「これぐらいの審議時間で」など、採決のための形式ばかりを重視している。
 自民党はじめ、議論のほとんどを役人に任せている。公明党は、繰り上げ支給の減額率を見直すなどと言っているだけだ。つまり、国民にとっては、六十五歳になっても安心できない状況が、依然続いている。
 将来の年金がどうなるかについての議論を徹底的に行って、ここまでは政府が責任を持つということについて、合意づくりを急ぐべきだ。老後がどうなるかについて、どういう政府になっても揺るがない見通しというものを、政治家が国民に訴えるべきだ。


たかやま のりゆき
 1946年、長野県生まれ。横浜国立大学卒、東京大学博士課程修了。著書に「不平等の経済分析」(東洋経済新報社)、「年金改革の構想」(日本経済新聞社)、「年金の教室」(PHP新書)など多数。


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