総選挙の争点の一つとして、結婚後も夫婦がそれぞれ結婚前の名字を名乗ることを認める選択的夫婦別姓制度が注目された。
ここで私は、日本における姓・氏・名字の歴史を少しばかりさかのぼりつつ、最近のNGOなど女性たちの取り組みを紹介し、改めて「女性の真の解放」について考えてみたい。
明治政府の国策と姓
そもそも江戸時代までは、公的に農民や平民に氏の使用は認められていなかった。
だが明治新政府は、天皇を中心とした中央集権制度の確立をめざし、1869年(明治2年)に全国の藩主に領地と領民の支配権を返上させ、翌年の平民苗字許容令で平民の氏の使用を許した。さらに明治政府は、徴兵や徴税などの必要上、72年に日本初の戸籍・壬申戸籍を編成し、1875年の平民苗字必称義務令で氏の使用を義務化した。
ちなみに、氏は「お上」が与えるものという考えから、天皇には戸籍も住民票もなく、名字も存在しない。
1876年(明治9年)には妻の氏は実家の氏を名乗る「夫婦別氏制」が指令され、22年間続いた。だが89年には、天皇が軍隊の統帥権と内閣の任免権など絶大な権限を握る大日本憲法が発布され、1898年の民法(旧法)の成立によって、「家」制度の下で夫婦は同じ氏を名乗る「夫婦同氏制」となった。
天皇制を強化・浸透させたい明治政府は、家長である戸主と家族の関係を天皇と国民の関係になぞらえて戸籍制度を整えた。「戸主」だけが社会的人格を認められ「家」を代表する仕組みとイデオロギーが強化されていった。家族は戸主の命令・監督に服従し、戸主の同意がなければ結婚できず、妻は「無能力者」と位置づけられ、夫の許可がなければ働くこともできなかった。
戦後の1947年(昭和22年)の改正民法成立によって「家」制度は廃止され、婚姻の時に夫または妻のどちらの氏を名乗っても良い「夫婦同氏制」になった。
しかし実際には、夫の氏を選択している夫婦が約96%で、また民法897条(祭司財産の継承)においては墓の継承は長男が優先されるなど、現在も実態は男系の氏の継承という「家」制度の名残が貫かれている。
このように、女性を「家」制度に縛り付けるものとして、明治以来の家族制度が未だに慣習として残され、差別のイデオロギー的背景となっている。
家父長制が色濃く残る日本は、世界の中でも女性への差別がとりわけ大きく、ジェンダーギャップ指数は中国や韓国より低い。現在夫婦同姓を採用する国は世界で日本だけだ。
国連で問われた日本政府
このような日本の現状を変えたいと、政府に女性差別撤廃条約の「選択議定書」の批准を求める「銀座デモ」が9月22日に東京で行われた。「女性差別撤廃条約実現アクション」など女性団体が主催し、私も参加した。
選択議定書とは、女性差別撤廃条約の実効性を強化して一人ひとりの女性が抱える問題を解決するため、個人等の通報制度(個人または集団が、条約違反に対して女子差別撤廃委員会に申し立てできること)を定めたもの。これを活用するには新たに批准が必要だが、日本は未批准だ。
多数ののぼり旗が林立するにぎやかなデモの参加者は約90人。女性たちが大多数だが男性の参加もみられた。参加者は「女性差別撤廃条約、生かそう、使おう」「女性の貧困なくそう」と声を上げた。「選択的夫婦別姓の実現を」とシュプレヒコールを上げると沿道の人びとからの反応が大きかったように感じられた。
10月17日には、女性差別撤廃条約が日本でどのように履行されているかを調査する国連・女性差別撤廃委員会による日本報告の対面審議がスイス・ジュネーブで行われた。日本報告の審議はなんと8年ぶり。委員会から日本政府に対する勧告を盛り込んだ総括所見は10月中に発表される予定だ。
日本からは銀座デモにも参加したNGOの女性たちも多数駆け付け、各国の委員へのプレゼンやロビイング、委員会傍聴に奮闘した。
委員会から日本政府への質問は、女性の暴力や教育、雇用、健康など25項目に及んだ。政府とは別に回答した日本女性差別撤廃NGOネットワークからは「沖縄では米兵による女性への性暴力が頻発している。基地と軍隊による性暴力から女性を守るためには、日米地位協定の改定を含む具体的な措置をとるべきだ」との追加課題が提出された。
私は日本で同時通訳付のライブ動画を傍聴した。夫婦別姓やジェンダー平等に反対し皇室典範を支持する右派らも傍聴していたようで、差別撤廃に後ろ向きな姿勢に終始する日本政府の回答を支持し拍手しているのが聞こえた。
女性労働者の二重の困難
先に日本の姓・氏についての経過を振り返ったが、その背景には、「脱亜入欧」をスローガンに欧米列強の資本主義に追いつけ追い越せと、近代化を急ぐ明治政府の思惑があった。その資本主義は、女性を家から引きずり出し、大量の女性を労働者として社会に押し出すと同時に、労働力の再生産に必要な無償の家事労働を担うために家に引きとどめている。
こうして、女性労働者は賃労働と家事労働との二重の困難と矛盾の中に置かれている。労働者となることは、職場でジェンダー不平等と闘うだけでなく、労働者階級としての階級意識を高め、職場や家庭などあらゆる現場で資本主義社会と政治の矛盾に気付き、解決への努力を始めるしかない。
世界資本主義経済の金融化がますます進み、世界的な貧富の格差が拡大した。資本主義経済の危機が深まるなか、世界経済の構造が大きく変化し、それを背景に中国はじめグローバルサウスのアジア、アフリカ、中南米諸国が国際政治に登場している。もちろん世界の女性たちも元気だ。
社会と政治の変革なくして女性の真の解放はなく、また女性の真の解放なくして政治の変革もない。これを合言葉に、元気に奮闘する世界の女性たちと力を合わせ、共に真の女性解放をめざし闘いたい。